この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
暗い山と草ボウボウの空き地に挟まれた、荒れたアスファルトの道を歩く。そこだけ雑草の刈られた敷地の、小さく古風な一軒家が見えてくる。
古ぼけた木の看板を掲げる、有り体に言えばボロい木造の店舗だ。桃花がお世話になってる武器屋、『黒岩堂』だ。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
ガタつく木の格子戸を開ける。来客を知らせるベルが、カランカランと乾いた音で鳴る。
「黒岩さん! こんにちは!」
店に入るなり、桃花が元気よく挨拶した。
「こんちはっす」
オレも、桃花に続いて挨拶した。
リビングルームくらいの広さの狭い店内に、所狭しと武器が並ぶ。
壁に槍が立てかけられる。壁の掛け金に大斧が掛かる。傘立てみたいな籠に、何本もの剣が刺さる。
中央のガラスケースには、魔力付与の光を放つ武器や、宝石の嵌められた宝剣が納まる。
古めかしい帳場の奥の、開いた襖戸から、スキンヘッドの頑固オヤジが顔を出した。店主の黒岩だ。
ガタイのいい中年男で、気難しそうな太眉毛で、腕が太くて、赤銅色に日焼けして、だいたい黒いTシャツにハーフパンツを着てる。
「応。今日は、どうした?」
相変わらず、無愛想な低音だ。
「アタシの大剣。整備して」
桃花が無造作に、自身と同サイズの両刃の大剣を差し出す。
黒岩も無造作に受け取る。
「曲がっとる。刃もあちこち潰れとるな。少し、待っとれ」
大剣を持って、黒岩が背を向けた。
「雷獣戦の後から、斬れ味が今一なのよ」
「そうか。雷獣か」
黒岩が納得する。すぐに何かに思い至って、急に振り返る。
「……」
何か言いたげにして、しかし何も言わず、奥へと消えた。
オレには分かる。もっと早めに持ってこい、と言いたいけど、桃花に言っても無理か、と諦めたのである。
黒岩が戻ってきて、オレたちの前に煎餅と茶を置く。
「終わるまで、代わりに持っとれ」
桃花に、黒い革鞘の、菱形の大刃の短剣を渡す。
「ありがと」
桃花が無造作に受け取る。
「少し、待っとれ」
「はーい」
「お願いするっす」
桃花とオレの返事に頷いて、また奥へと消えた。
◇
黒岩は、腕のいい鍛冶師だ、と思う。
かなり高名な鍛冶師の家の生まれだけど後継に選ばれず名を捨てた、と噂に聞いたことがある。その結果か、こんな寂れた郊外で、小さな武器屋で、中学生相手に商売してる。
それでも、桃花が行きつけにしてるなら、腕は確かだろう。
桃花が、黒い革鞘から短剣を抜いた。
黒い木の柄に、菱形の黒い金属の刃だ。広げた手くらいの大きさで、分厚くて、不格好だ。
形状はどうでもいいと、見て分かる。刃から、桃花の大剣と同サイズの、闇色のオーラが広がる。
「うおっ?! 魔力付与武器じゃん!」
オレはビックリした。
薄ボンヤリと魔力の光る短剣でも、普通の中学生では買えない高額品である。桃花ですら、大剣ってのもあるけど、ただの鋼の武器を使ってる。
これは、たぶん、かなり強力なものだ。知名度がないだけの、名のある武器、なんだか矛盾してるけど、かも知れない。
超常の武器だって、全ての所有者が判明してるわけじゃない。最強の魔狩が実用してたり、無名の日陰者の手にあったり、金持ちが道楽で飾ってたりするのだろう。オレたちの知らない名のある武器、やっぱり矛盾してるけど、があっても不思議じゃない。
短剣をジッと見つめていた桃花が、刃の先端を指さす。
「ここ。刃先が割れてるわ」
言われて、オレも刃先を見つめる。
「本当だ。黒岩さんとこに、修理に持ち込まれたのかな?」
こんな見るからに強力な魔力付与武器ともなると、こんな小さな武器屋が所有できるような半端な価値じゃ済まない。黒岩の個人所有や売り物じゃないのは間違いない。
だったら、修理の持ち込みだ。
魔力付与武器だって、壊れるときは壊れる。壊れたら修理する。
普通の武器と同様の修理とはいかない。特殊な技術が必要で、できる鍛冶師は限られる。
もしそうなら、かなり高名な鍛冶師の家の生まれ、との噂も真実なのかも知れない。
「桃花もそろそろ、魔力付与武器を買った方がいいんじゃないか?」
「そんなお金、あるわけないでしょ」
「だよな。高いよな~」
二人で他愛ない雑談をしてたら、木の格子戸が開いた。来客を知らせるベルがカランカランと鳴って、高校生くらいの男が入ってきた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第57話 EP9-2 黒岩堂/END