この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレと桃花の二人で、『黒岩堂』に来てる。
桃花の大剣の整備終わりを待っていたら、木の格子戸が開いて、来客を知らせるベルがカランカランと鳴った。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
◇
店に、高校生くらいの男が入ってきた。
長めに切り整えた淡い金髪で、優しい微笑で、華奢で、女子にも見えそうな美形の青年だ。
いや、中身なんてどうでもいい。
オレの全身を恐怖が駆けまわった。その美青年が出入り口にいなければ、すぐにでも逃げ出したかった。
美青年は華奢な体に、高位の聖職者が纏うような、多層多段のヒラヒラとした祭服を着る。祭服は純白で、胸に紋章がある。白と灰色と黒の交じり合うデザインの紋章である。
そのシンプルなデザインは、一部に知名度が高いというか、知ってる人は知ってるというか、少なくとも、オレは知ってる。
つまり、考えたくないけど、信じたくない、勘違いであってほしい、『狭聖教団』の紋章である。
嫌だぁっ! 怖い! 逃げたい!
「いらっしゃい」
鍛冶場に引っ込んでる店主の黒岩に代わって、桃花が平然と挨拶した。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿で、今は手に、闇色のオーラを放つ魔力付与武器を持つ。
◇
美青年は、店に入る瞬間から、桃花のスカートを見ていた。
今も、桃花のスカートを見ている。
桃花のスカートは、……短い!
いやいやいや。落ち着け、オレ。
今や有名な『バイオレンス絢染』の顔が知られていて、問題はない。ただの中学生同然のオレの顔なんて、知らないだろう。
オレたちが『狭聖教団』の捜査に情報提供したことは、狭聖教団には知られてないはずだ。知られたとしても、狙われて巻き込まれて事情聴取を受けただけだから、不可抗力だから。
だから、いきなり『狭聖教団』の信者に襲撃されることは、ない、たぶん、きっと。
落ち着け。心配はいらない。桃花が一緒にいるんだし。
「その剣を、少し貸していただいても、よろしいですか?」
美青年が爽やかな微笑で、中性的な美声で、華奢な手を桃花に差し伸べた。
情報量が多い。
取り敢えず、オレたちを問答無用で襲撃に来た狂信者ではなさそうだ。
美青年の腰には、純白の金属鞘に純白の十字の金属柄の長剣がさがる。資料で見たことある。光属性の超常の武器『光輝十字剣』である。
四大元素でも陰陽五行でもない、光属性だ。謎の属性、まさに超常だ。
この『光輝十字剣』は、最も有名な『超常の武器』のうちの一つである。
使い手を選びに選び、『オールマイティ』の魔狩にしか使えない。
能力を三種類以上併せ持つ魔狩を、『オールマイティ』と呼ぶ。都市伝説を疑うほどに希少とされる。
万能の強者感溢れる呼称だけど、現実的には各能力が特化型に劣る、器用貧乏らしい。
狭魔に勝てない魔狩と、蔑称的に使われることもある。
実際の力量が、評価ランクより低い。勝ち目のない狭魔にばかり、狭間へと引き込まれる。最強の人たち以上に、死ぬ確率が高いとされる。
特化型に劣る、の『特化型』とは、要するに普通の魔狩だ。『オールマイティ』は同ランクの普通の魔狩より弱い、って身も蓋もない話だ。
◇
「ほい」
桃花が平然と、短剣を美青年に渡した。
「ありがとうございます」
美青年の手に渡って、短剣の闇色のオーラが、大剣から細身の長剣に変わった。
美青年は、刃先が割れてると知ってたみたいに、迷いなく短剣の刃先を見る。
「このお店の御店主は、腕の良い方でしょうか?」
「アタシが知るうちでは、一番いいわよ」
美青年の独り言みたいな質問に、桃花が平然と答えた。
どうして桃花は、こうも平然としていられるのか? オレがこんなにビビってるというのに!
オレは、動揺に震える手で湯呑を持つ。落ち着くために、茶を一口含む。
「ありがとうございます。でしたら、お任せします。よろしくお願いします」
美青年が、桃花に短剣を返して、爽やかに微笑した。
入り口から、灰色の祭服の、髪の薄い中年男が顔を出す。気の弱い中間管理職的なハの字の眉で、額の汗をハンカチで拭きながら、ペコペコと頭をさげる。
「教主様。お取り込みのところ申し訳ございません。次の予定の御時間が」
オレは思わず、茶を吹き出しそうになった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第58話 EP9-3 運命の出会い/END