この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「お待たせして済みません、雨塚さん。すぐに参ります」
美青年が爽やかに、中性的な美声で、外にいる髪の薄い中年男に頭をさげた。
「いっ、いえいえいえ! 畏れ多いです! 教主様の御都合が、あらゆる御予定に優先されて然るべきですので!」
雨塚が慌てて、額の汗をハンカチで拭きながら、ペコペコと頭をさげ返した。
美青年が、オレたちに向き、会釈する。
「それでは、失礼いたします」
「またどうぞ」
桃花が平然と見送った。
美青年が店を出るのを確認して、オレは思いっきり安堵の溜め息をついた。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
◇
オレは、自分の全身の震えを自覚しつつ、桃花を見る。
「桃花は、よく平然としてられるな?」
「ん? 何が? 敵意は感じなかったわよ?」
桃花が何も分かってない顔で首を傾げた。
敵意の有無だけで相手を判断するのは、さすがだ。
「あのヒラヒラした服の胸のとこ、『狭聖教団』の紋章があっただろ。しかも、教主様って呼ばれてた。教主様だぜ?」
オレの渾身の解説に、桃花はまだ分かってない顔で首を傾げる。
「桃花。スカートのポケットに、何入れてる?」
「スカートのポケット?」
桃花が不思議そうに、ポケットに手を突っ込んで、中身を取り出した。
教主様と呼ばれた美青年は、桃花のスカートを見ていた。
桃花のスカートは、……短い!
そうじゃない。
桃花の手には、花柄のハンカチと、ポケットティッシュと、さっきの狭魔の小石がある。
「やっぱり、さっきの狭魔が目当てだったんだろうな。桃花に先に倒されたから、見にきたってとこか」
狭聖教団は、何かしらの方法で狭魔を従える。秋葉先生の件からして、明白である。
その教主が狭魔を捕獲か従属化か、方法は知らないけど、しにきたと考えるのが妥当だろう。
「あっ! 狭聖教団!」
桃花が、今やっと思い出したビックリ顔で答えた。
「もちろん分かってた! 分かってたわよ!」
今まで分かってなくて恥ずかしげに、頬を赤くした。
◇
桃花が店の外へと駆け出す。
「……えっ!? ちょっ?! ちょっと待て!」
オレは慌てふためいて追い駆ける。
店の外には、黒塗りの高級車に、美青年が乗り込もうとしていた。
「ちょっとアンタ! どうして! あんなことしてるのよ!?」
桃花が強い口調で、美青年に詰問を投げつけた。
オレは大慌てで、桃花の口を両手で塞いだ。もちろん、遅すぎた。もう、あぁ、泣きたい、手遅れだ。
周囲を警戒する。
ここは人気がない。背の高い草むらも多く、人目が通りにくい。犯罪を行うにも、都合がいい。
狭聖教団の信者、教主、物陰にも注視する。
何かあったとしてオレに何ができるか、は考えないことにしよう。
「たいへん申し訳ないのですが」
美青年が、こっちに真っ直ぐに向いた。
オレはビビりながら、桃花の背中に隠れた。
「僕は、狭聖様の御言葉を、皆さんに伝えるだけの存在です。皆さんの言葉を、狭聖様にお伝えさせていただくだけの存在です」
美青年は、恥ずかしげに、申し訳なさげに、女子にも見えそうな美形を赤らめる。
「ときには、あなたのように、教団に批判的な言葉を向ける方もいらっしゃいます。ですが、僕は、返答を持ち合わせていないのです」
「……じゃぁ、いいわ」
桃花が不満そうに、渋々と結論した。舌打ちもした。
こいつはいつもこうだ。
美青年が、純白の祭服の胸元に手を入れる。
オレはビビって身を硬くする。
美青年の華奢な手で、パンフレットが差し出された。
「ご用件がありましたら、教団にお問い合わせください。僕よりも、ご納得いただける答えをお返しできると思います」
「……」
無言の桃花は、引っ手繰るようにパンフレットを受け取る。
「それでは、失礼いたします」
車に乗って、走り去った。
高校生くらいの、女子にも見えそうな美青年だった。『狭聖教団』の教主で、たぶん狭魔目的で、『オールマイティ』で、超常の武器『光輝十字剣』の使い手だ。
悪人っぽくなくて、むしろ、人の好さそうな感じだった。
……情報量が! 情報量が多い!
◇
「桃花は、よく平然としてられるな」
オレは、震える手で桃花の腕に縋った。
「別に? 敵意は感じなかったわ」
さすがだ。
「でも、灰色の服のオッサンの方は、ちょっとだけ敵意を感じたわ」
桃花が、満足げな顔で答えた。
狭聖教団が悪の組織だなんて、分かりきったことだ。今さら、善人もいるかも、なんて油断するほど間抜けじゃない。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第59話 EP9-4 青年教主/END