この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
桃花を出し抜いて、高校生くらいの美青年が、狭間へと引き込まれた。
オレは、遠見 勇斗。この世界から狭間が見える特殊能力持ちである。
だから、見える。
狭間の白い空の下に、灰色の荒野が広がる。強い風が白く吹いて、灰色の荒野に灰色の砂埃が荒ぶ。
狭魔は、二足歩行の、……牛?、猛牛だ。立派な角が二本あって、全身を茶色の剛毛に覆われた、ミノタウロスって感じだ。
「ブロロロロロ!」
ミノタウロスが嘶く。足の蹄で荒野を蹴り掻く。
興奮してる。荒ぶってる。
相対する美青年は紺色のキャップにサングラスで、腰の武器を抜かない。敵意はないと示すように両腕を広げ、語りかけ始めた。
本気か!? 正気か!? 死ぬ気か!?
◇
こっちの世界も、それどころじゃない。
「穏便にしてやってれば調子に乗りやがって!」
「悔い改めろ!」
「いいぞ! いけ! もっとやれ!」
「いやっほぅっ! もう我慢できねぇ! 俺も混ぜろ!」
ギルド職員と狭聖教団の信者と、野次馬までゴチャ混ぜになって、大乱闘が始まった。
「アタシに喧嘩売るなんて、イイ度胸ね!」
桃花まで興奮して、乱闘に飛び込もうとする。
オレは慌てて、両手で桃花の目を覆う。
「落ち着け、桃花! 帰りにアイス奢ってやるから!」
「何なのよ、あいつは?! 私の支部の評価が下がっちゃうー!」
水瀬ママまで、ヒステリックに喚き出した。
非力なオレが、そんなに何人も相手にできるわけない。
◇
狭間では、美青年がミノタウロスに語りかけ続ける。
「ブロォッ!」
ミノタウロスが蹄で、灰色の荒野を強く蹴った。猛烈な加速で、一秒とかからずに猛烈なトップスピードで、美青年に突進した。
見て分かる。あれが直撃したら、だいたいは木っ端微塵になる。
美青年が漸く、腰の長剣『光輝十字剣』を抜いた。逆手に持って、胸の高さに翳した。
光輝十字剣から光が広がる。美青年の前面を覆って、光の、大型の菱形盾となる。
超常の武器『光輝十字剣』は、光の力が刃とも盾ともなり、攻防一体を誇る。武器としては最強クラスと評される。
でも、『オールマイティ』の魔狩にしか使えないせいで、目立った逸話はない。
ドガンッ、とミノタウロスの突進を光輝十字剣の盾で受けて、美青年が弾き飛ばされた。灰色の荒野に叩きつけられて、転がった。
「くっ!」
苦痛に呻きながら、片膝立ちで体勢を立て直した。
あれで生きてるなら、戦闘系の能力の一つは持ってるらしい。生きててよかった。
いや、まだ安心するには早い。
美青年を弾き飛ばし突っ切ったミノタウロスが、大きく曲がりながら駆け続ける。ほとんど減速せず、むしろ加速して、美青年に再突撃をかけるつもりらしい。
美青年は片膝立ちで、それでも語りかけ続ける。
そんなの無理だ、無駄だ。聞くわけない。
ミノタウロスが、美青年への再突撃の、直線コースに入った。
美青年が、悔しげに唇を噛んだ。光輝十字剣の光が、大型の菱形盾から細身の長剣に変わった。
「ブロォッ!」
猛スピードで突撃するミノタウロスと、片膝立ちで光の長剣を斬りあげる美青年が、交差した。
◇
こっちの世界に戻った美青年が片膝立ちで、倒れそうに、片手を床についた。
小石が床に落ちて、カツンカツンと硬い音で転がった。
「えっ!? 討伐されたの!? されたのかしら!?」
水瀬ママが混乱顔でキョロキョロする。
ギルド職員も狭聖教団の信者も野次馬も、掴み合ったまま呆然としてる。
原因の狭魔が倒されて、全員が正気に戻ったようだ。
人混みから飛び出した一般人が駆け込んで、小石を拾った。踵を返して、人混みに飛び込んだ。
……じゃない! 一般人に紛れ込んだ狭聖教団の信者だ!
美青年も、別の人の肩を借りて、人混みに紛れ込む。
「逃がすわけないわ! あなたたち! すぐに追いなさい!」
事態を把握した水瀬ママの号令で、ギルド職員が慌てて追う。
「逃げるか?! 邪教徒どもめ!」
「狭聖様の御力に、今さら恐れをなしたか!」
信者たちがギルド職員に飛びかかった。
段取りを知っていた狭聖教団の方が、対応が早い。ダメだ、これは逃げ切られる。
こうなったら、オレは叫ぶ。人混みに消えた美青年へと、声を飛ばす。
「やる気満々の相手が話を聞くわけないっす! まずは力を見せつけて、戦意を削いだ方がいいっす!」
「……ありがとうございます!」
確かに、教主と呼ばれていた美青年の声が返ってきた。走る足音が遠ざかっていった。
「ちょっと勇斗。なんで敵にアドバイスするのよ?」
桃花が不満げに頬を膨らませた。
「だって、敵でも、死んだら嫌だろ?」
オレは、当たり前のことを、当たり前に答えた。
「……それは、まぁ、それは、そうね」
桃花が不満げに、でも渋々と、納得した。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第61話 EP9-6 美青年の本気/END