この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
魔狩ギルドの上階の、取調室みたいな、スチールデスクとパイプイスのある殺風景な部屋にいる。パイプイスに肩身狭く座って、スチールデスクの上の未記入の報告書と向き合う。
「うふふふふ。さぁ、遠見 勇斗。あのときに見た全てを、報告なさい」
デスクを挟んで対面に座る水瀬ママが、期待の笑みで、報告書を指先で打つ。
水瀬ママは、七海の母親である。スカートスーツで、きっちりと容姿を整えた、化粧の濃い、押しの強いオバサンである。ここの支部の支部長でもある。
オレは、背筋に寒いものを感じながら、思い出す。
「えっと、狭魔は、ゲームのモンスターとかでメジャーなミノタウロスっぽい見た目を」
「そっちじゃなくて! あの邪魔者! 狭聖教団の教主かも知れない奴の情報よ!」
欲に瞳をギラギラさせて、水瀬ママが前のめりに身を乗り出した。
オレにとって、情報は武器だ。水瀬ママにとって、情報は金蔓だ。
近い! これはこれで怖い!
オレは、マスカラゴテゴテ睫毛の圧に目を逸らしながら、思い出す。
「えっと、教主は、本当に、狭魔に語りかけてたっす。倒すんじゃなくて、説得しようとしてるように、見えたっす」
正直、正気とは思えなかった。狭魔に言葉が通じるわけない。意思疎通なんて、天地が引っくり返っても不可能だ。
「まさかまさか、意思を伝える系の特殊能力者なのかしら?」
「そんな能力、聞いたこともないっす。伝わってる感じでもなかったっす」
人と狭魔が意思を伝え合えたら、歴史が変わる。対話が成立したら、世界が変わる。
「結局、言葉が届いてすらいなかったっす。方法からして下手すぎだったんで、ちょっと提案だけしておいたっすけど。けど、もっと、根源的に、オレたちが狭魔を分からないように、狭魔もオレたちを分からないと思うっすよねぇ」
オレは、考え込みながら結論した。狭魔は謎で、人間ではない何かで、生きる世界が根本から違うのだ。
◇
「思い出してもムカつくわ! どうして敵にアドバイスしたのよ?! アタシにはしてくれないくせに!」
桃花が不満げに頬を膨らませて、オレの襟首を掴んで揺さぶる。
「いやいやいや。オレが桃花に、今さらアドバイスできることなんて、あるわけないぜ」
オレは当然と答えた。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
「あるでしょ! もっとこう、必死に考えてよ! アドバイスしてよ!」
桃花に揺さぶられるのは、よくあることだ。慣れた。
オレは、考え込みながら、続ける。
「……てんで、弱かったんだ。あれで桃花と同ランクで。桃花と比べたら、話にならないくらい弱かった」
狭聖教団の教主は、『オールマイティ』の魔狩である。『オールマイティ』は器用貧乏で、同ランクの普通の魔狩より弱い。
超常の武器『光輝十字剣』は、『オールマイティ』にしか使えない。それくらいしか、『オールマイティ』のアドバンテージなんてない。ペナルティしかない。
「あのとき、光輝十字剣があったから死なずに済んだ。なければ、オレたちが知る、ずっと前に死んでた。あっても、そのうち、オレたちに二度と会うことなく死ぬ、そんな気がした」
オレは、自分でも引くくらいに、深刻な顔だ。
係わった人が死ぬかも知れない。その恐怖を、七海に教えてもらった。
「きっと、教主本人も、いつか狭魔に殺される覚悟が、できてる感じだった。末路が分かってて、今が全てで、未来を達観して。えっと、儚げな美青年、って雰囲気か?」
ガタンッ!、とパイプイスを跳ねさせて、琴音が勢いよく立ちあがった。
真奉 琴音は、オレと桃花のクラスメートである。銀縁の丸メガネに灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい人見知りの女子である。フリルやレースがいっぱいのキュートな私服を好む。
狭聖教団の教主の件の丸投げの仲介を頼んでおいた琴音も、その件の会議ってことで合流してる。
「はっ、儚げなっ、びっ、美青年っ!? そそそそそれはっ! どっ、どっ、どういうことでしょうかっ!?」
琴音が興奮して、頬を赤く、息遣いを荒くする。スタンドライトを掴み、オレの顔に照明を向ける。
「おおおお二人はっ! どっ、どっ、どどどういうごごご関係でしょうかっ!? くくくく詳しくっ!」
「どういうって。黒岩堂で初めて会って。あそこで二回目で、『スコーパ』だから危うい戦い方を見ちゃったってだけだぜ?」
「はっ、初めてっ!? 二回目っ!? 危ういっ!?」
琴音がさらに興奮して、さらに息を荒くした。
「えっ?! そういうことなの!? そういうことなの!?」
桃花も興奮して、オレの襟首を揺さぶった。
「い、いえっ! わっ、わたしは、プラトニックな方がっ! 決して、決して、そそそのようなことは!」
何かが二人の心の琴線に触れたのだろうか。なんでそんなにエキサイトしてるのか、オレには分からない。
水瀬ママが、コツンと、指先で報告書を打つ。
「いいわぁ」
水瀬ママの、涎でも垂らしそうな笑みのウィンクが、オレに飛んだ。
オレの背筋に、ゾワワワワワワワワッ、と悪寒が走った。
「遠見 勇斗。狭聖教団教主の情報を、報告書に詳細に纏めなさい。小石の紛失なんて気にもならない、素晴らしい成果になるわよ」
水瀬ママは、桃花や琴音と違って、分かりやすい。
「う、うっす」
オレは、引き気味に返答した。分かりやすいけど、やっぱり苦手だ。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第62話 EP9-7 手伝いの成果/END