この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
花火大会の会場にいる。川沿いの公園に、昼間から露店が並び、客引きの声が飛び交う。
人出も多い。行き交う人々に視界を阻まれて、十メートル先も見えない。花火のあがる夜になれば、歩くのもままならないくらいに混み合うだろう。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「うぅっ……。怖いよぅ……。帰りたいよぅ……」
オレは両手で顔を覆って、道端に蹲った。
「自信を持ちなさい、勇斗」
桃花が、露店を物色しながら、雑に激励してきた。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
「そっ、そうですよ! 遠見君は、もっ、もう、一回、狭魔を倒してるじゃなっ、ないですか!」
琴音が、迷いのある口調で、慰めてくれた。
真奉 琴音は、魔狩である。
クラスメートで、銀縁の丸メガネをかけたメガネ女子で、小柄で胸が大きい。灰色の三つ編みを解いて、白銀の長い髪をしている。
レースやフリルをふんだんに使った白銀の、魔法少女みたいな衣装を纏う。レースの手袋の手には、赤いハートと白い翼で飾られた片手サイズの杖を握る。
琴音の真の姿、魔法少女スタイルである。
◇
どうして、こんなことになってしまったのか。
公園の隅の、『魔狩ギルド仮設指揮所』とプリントされた天幕にいる。支部の魔狩とギルド職員が、三十人くらいは集まってる。
原因は、ネジレ様が狭聖教団の教主に話した情報だ。
記憶した雑多な情報の中に、この周辺に狭魔が複数存在する、ってのがあった。ランクS相当、A相当、B相当、D相当が各一体、合計四体だ。
オレは、超怖い!!!!!思いをしただけではないのだ! それ以上の成果を持ち帰ったのだ!
成果には、さらなる恐怖がセットだったわけだが。
「ランクD相当って何だよぅ。こんなつもりじゃなかったんだよぅ」
オレはメソメソする。我が身の不幸を嘆く。
「安心しな、ライバル! 俺っちが一緒じゃねぇか!」
古堂が、奇妙に斜めったポーズで格好つけた。
古堂 和也は、オレや桃花の近所に住む大学生である。金髪を逆立て、黒い革ジャン革パンツの、派手な出で立ちの男である。
弓矢で戦う魔狩『スナイプ』で、小型の洋弓を背負う。
「古堂さん……」
オレは涙ぐんだまま立ちあがり、古堂と固い握手を交わした。
感動的なシーンに虚を突いて、行き交う人たちの間から少女が飛び出した。琴音の腕にしがみついた。
「琴音御姉様!」
青く透き通るサラサラストレートヘアの美少女で、……まぁ、見た目はどうでもいいか。
「ひっ、ひぃぃぃ~?!」
琴音がナチュラルに、小さく悲鳴をあげた。
「琴音御姉様が、わたくしを必要としてくださって、とても嬉しいです! 感激です! 幸せです!」
麗美が琴音の腕にしがみついたまま、キラキラと輝く瞳で琴音に迫る。顔と顔が近い。
「ひっ、ひぃぃぃ~?! 麗美ちゃん! 近い、近いです!」
琴音は助けを求めるように、桃花の腕にしがみつく。
なんか、その、既視感のある、難解な光景だ。
小織 麗美は魔狩である。十四歳の中学生で、普段は、冷たい雰囲気の美少女である。青く透き通るサラサラストレートヘアで、目つき鋭く無表情で、着飾ったドールみたいなカワイさもある。
琴音の妹弟子の『ウィッチ』で、友情が重い感じがある。
◇
「全員、集合してくれ! 作戦の最終確認をする!」
片桐の、渋く低いオッサン声があがった。
片桐は魔狩ギルドの、この区域の担当責任者だ。黒いスーツ姿の、親よりも年上くらいのオッサンだ。背が高く痩せ型で、サングラスと整った髭と、左瞼の縦の傷痕が特徴的な、哀愁漂う渋いオッサンだ。
この場の魔狩とギルド職員が全員、片桐の前に並ぶ。狭魔討伐直前の、独特の緊張感が漂う。
「言い訳になってしまうが、準備期間がほとんどなかった。申し訳なくも、他の支部からの応援はない。諸君らの強さを頼りにしている」
『おおーっ!』
魔狩もギルド職員も、気合で応えた。
「この周辺に、複数の狭魔がいる可能性がある。花火大会の人出で、一般人が狭間に引き込まれれば、連鎖的な同時多発もあり得る。十年前のアーケード禍事件の再来とならないよう、先んじて一斉討伐を行う」
この支部の担当区域には、狭魔の同時多発で多くの被害が出て、放棄された廃アーケードがある。なぜそんなことが起きたのか、何も分かっていない。人類は、狭魔のほとんど何も知らない。
「各ランク、チームごとに別れて所定の配置についてくれ。『刻印』を忘れず、共闘で確実な討伐を心掛けるように。無茶はせず、命を大事に、だ!」
『おおーっ!』
片桐の号令に、魔狩もギルド職員も、気合で応えた。作戦に従い、散開した。
対応するランクの魔狩がチームを組んで、魔法品『刻印』による共闘で討伐する。念のため、各ランクで複数のチームが組まれている。
ただし、ランクSとランクDは、そうはいかなかった。
人員が足りない場合は、本来なら、他の魔狩ギルド支部に仲介を頼んで、助っ人を交渉契約する。
今回は、そんな時間はなかった。人手不足だからと、この人出のイベントをスルーもできなかった。
ランクSは琴音しかいなかったから、急遽、麗美を呼んでもらった。快く駆けつけてくれて、助かった。
「琴音御姉様。またそんな」
「ひぃぃぃ~」
麗美に腕にしがみつかれる琴音が、桃花の腕にしがみついたまま、ナチュラルに小さく悲鳴をあげる。
仲が良くて、羨ましい限りだ。
ランクDは、支部に一人いるだけで好運だ、と言われた。二人もいて、一人は戦闘系だなんて、奇跡だ、と言われた。
……怖い。泣きたい。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第65話 EP10-1 強くなりたい/END