この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
花火大会の日の、昼間の会場を歩く。オレと桃花と琴音と麗美と古堂の五人である。
とにかく人出が多い。行き交う人々に視界を阻まれて、十メートル先も見えない。
「Sチームの配置は、ここだな」
オレは、スマホの地図で確認する。川沿いの長い公園の一画で、橋向こうには駅ビルが見えて、人の往来が多い。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
交通規制の許可が間に合わなくて、立ち入り禁止にできてない。ランクS相当の一般人の巻き込みが不安要素か。
ランクS相当の一般人なんているの?、というと、いる。
戦闘向きの能力じゃなかったり、安定した普通の生活を選んだり、魔狩を引退してたり。戦うのが怖いとか、高齢や負傷や病気とかの理由も多い。
ランクSの全体数が少ないから、ランクSの一般人はもっと少ない。当たってしまったら、相当に運が悪い。
「まだ時間があるな。装備のチェックでもしといてくれ」
狭魔討伐は、各地点で各チームが時間を合わせて同時に開始する手筈だ。
「……」
桃花が無言で、一歩前へ出た。
「冷ややかなる壁よ。我が領域を囲み」
麗美が小声で魔法の詠唱を始めた。
オレは戸惑って、二人が睨む先を見る。灰色のスカートに麦わら帽子の、どこにでもいそうな夏の装いの女の人がいる。
女が、足元にある石ころを蹴る。どこにでも転がってる、何の変哲もない石ころである。
バチン、と痛そうな音で、桃花が石ころを掴みとめた。
こういう事態を予想はしていた。狭聖教団の手先が、狭魔を横取りに来たのだろう。
「それだけ敵意を向ければバレバレよ!」
石ころを放り捨てた桃花が、女を捕まえようと迫る。
女は踊るようなステップで、桃花の手を避ける。避けながら、またも足元の石ころを蹴る。
石ころが、あらぬ方向の高くへと飛んだ。
「えっ!? なっ、なに、なにがっ!?」
琴音は狼狽えてる。
予想できてたオレも、やっぱり一緒に狼狽えてる。
……っ!? 石ころの軌道が上空で変わった。曲がって、こっちに向けて落下してきた。
「マズい! 狙いは」
オレが伝える暇もなく、石ころが琴音に向けて飛ぶ。
「アイスウォール!」
石ころが、ガシャン、と高い音で、そそり立つ氷の壁にぶつかった。氷の壁は、割れたガラスみたいに高い音で割れ崩れた。
「どこのどなたか存じませんが、わたくしの琴音御姉様をジロジロ見ないでいただけますか? お気持ちは分かりますが。狙いが分かれば、対処は簡単ですわ!」
麗美が不機嫌に言い放った。琴音にいいとこ見せられて、上機嫌でもあった。
『わぁーっ!』
花火大会前のアトラクションとでも思ったのか、周囲から歓声と拍手があがる。
女は、踊るようなステップで人混みに入る。桃花が追い駆ける。
「追うなよ、桃花!」
オレは慌てて呼びとめた。
桃花が、『え!? 追っちゃダメなの!?』、と言いたげなビックリ顔で振り返った。
「陽動の囮かも知れないだろ。桃花がいない隙に、別動隊が襲ってくるかも知れないだろ。討伐が終わるまで、真奉さんたちから離れないようにしてくれ」
「っ! もちろん分かってた! 分かってたわよ!」
桃花は分かってなかった口調で、恥ずかしげに頬を赤くした。
◇
ここは、琴音と麗美の『ウィッチ』コンビに任せて安心だ。護衛の桃花もいるから、万が一すら起きやしない。
琴音麗美の仲良しコンビの戦いを見られないことだけが、心の底から残念だ。
「じゃあ、オレと古堂さんはランクDの配置に行くから」
「そっちは護衛は要らないの?」
桃花の疑問に、オレは頷く。
「狭魔が仲魔になるとして、ランクDの狭魔って、欲しいか?」
桃花が何かに思い至って、古堂を見る。
「要らないわ。絶対に要らない」
「ちょっ、オマっ?! 古堂さんは要るだろ! 絶対に必要だろ!」
オレは全力で擁護した。
「絶対に要らないわ」
冷めた目で拒否する桃花に、古堂が、奇妙に斜めったポーズで嘆いた。
「全くよぉ。さすがは『バイオレンス絢染』。微塵の容赦も無ぇぜぇ」
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第66話 EP10-2 四点一斉討伐作戦/END