この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「オレたちDチームの配置は、ここっすね」
オレは、スマホの地図で確認する。大きな通りを渡って、川沿いの別の長い公園の一画である。ここも、花火大会の日で、昼間から露店が並んで、人の往来が多い。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「じゃぁ、とっとと準備しようぜぇ」
古堂が、余裕綽々と肩を鳴らした。手を振って解して、背負う小型の洋弓を握り、周囲にアピールするみたいに斜めったポーズを決めた。
古堂 和也は魔狩である。弓矢での遠距離戦に秀でる『スナイプ』で、小型の洋弓を使う。
オレや桃花の近所に住む、大学生である。金髪を逆立て、黒い革ジャン革パンツの、派手な出で立ちの男である。
一応、『ランクD相当の一般人なんているの?』、という疑問を整理しておこう。
力量の指標としては、ランクBは普通の魔狩である。ランクCは弱い魔狩≒普通の一般人で、ランクDは弱い一般人≒どうして魔狩やってるの?、である。
だから、いる。たくさんいる。むしろ、ランクDの魔狩なんているの?
「いるんだな、これが……」
オレは、ちょっと悲しい気持ちで呟いた。
いや、でも、オレってば視覚系の特殊能力者だから。『スコーパ』だから。『スコーパ』としてなら、もっとランクが高いはずだから。
「古堂さん! 時間っす!」
覚悟は決めた。
オレは、小袋から鉄の指輪を取り出し、指に嵌める。
見た目は、ゴテゴテしたオモチャの指輪である。力量の近い魔狩同士での共闘を可能にし、狭魔を呼び寄せる魔法品で、『刻印』と呼ばれる。
「よっしゃぁ! いくぜ、ライバル!」
古堂も、小袋から『刻印』を取り出し、指に嵌める。
二人一緒に、手を高く翳した。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
曇天みたいな黒い空の下、白い狭間に、灰色の地面は灰色の石ころだらけである。
石ころだらけの地面には、丸々と肥えた猿みたいな、茶色の毛の、背丈一メートル足らずの狭魔が座り込む。
あ、でも。可能性的には、肥えた短毛か、痩せた長毛か。座り込んでるのか、脚が極端に短いのか、ってのもあるか。
オレは、この世界から狭間が見える特殊能力持ちだから、見える。
そうだ。オレは今、こっちの世界にいる。なぜか、狭間にいない。
古堂も、こっちの世界にいる。唐突に故障した家電を見る目で、指に嵌めた『刻印』を眺める。
何が起きたのか分からない。でも、何が起きたのかは、分かる。
白い狭間に、花柄の浴衣の女の人がいる。見るからに、着飾って花火大会に来た一般人である。
優先順位の高い『刻印』で狭間に引き込まれなかった理由は、予想がつく。
狭魔は、その狭魔よりちょっと強い人間を選んで狭間に引き込む。
だから、オレ~古堂の力量範囲が、あの猿狭魔の引き込み対象外だったのだ。
猿狭魔が信じられないくらいに弱くて、相対的にオレが強すぎたのか。あるいは、見た感じよりも強くて、相対的に古堂が弱すぎたのか。
古堂は少なくとも戦闘系で、オレよりは強い。
「きゃぁっ?!」
花柄浴衣の女が、猿狭魔を見て悲鳴をあげた。腰を抜かして座り込んだ。
状況を分析してる場合じゃなかった。
でも、助けたくても助けに入れない。もどかしい。どうしようもない。
オレは、見える。見えるだけでしかない。
狭間で狭魔に怯える人と、この世界で花火大会に浮かれる人たちと、同時に見える。世界の壁を、見えもしない薄っぺらい何かを隔てて、正反対の光景が同時にある。
猿狭魔が、猿みたいに細長い腕で、足元の石ころを拾った。
「いっ、いやっ! だっ、だれかっ! たすけ」
女がパニックで、猿狭魔に背を向け、四つん這いのまま逃げ出した。
そうだ。それでいい。戦えないなら、時間切れまで逃げ続けるのがベターだ。
猿狭魔は追わず、ノッソリと緩慢に、腕だけのオーバースローで石ころを投げた。石ころは、ゆるい放物線を描いて、女の背中に当たった。ガッ、と痛そうな音がした。
「はぇっ!? ひっ!」
女がうつ伏せに倒れた。逃げるのをやめて、両腕で頭を抱えて、体を丸めた。
猿狭魔が足元の石ころを拾う。緩慢なオーバースローで投げる。
石ころが女に当たって、ガッ、と痛そうな音がする。
「ひっ! いやっ! いやっ!」
石ころが当たる度に、女が泣き喚く。
逃げもできないなら、急所を守って耐えるのもベターだ、とするしかない。不幸中の幸いで、片手で掴めるサイズの石だから、頭にでも当たらなければ死にはしないはずだ。
狭間の滞在可能時間を過ぎれば、時間切れでこっちの世界に戻れる。少なくとも今回は、死なずに済む。
猿狭魔が石ころを投げる。当たって、女が泣き喚く。
早く! 早く時間切れになれ!
なぜかオレが、焦燥した。苛立った。息苦しかった。
◇
「いやっ! やめて! もうやめて!」
よし! 女がこっちの世界に戻った。長い数分間だった。
「大丈夫っすか!?」
「おいおい何だぁ? 怪我してるじゃねぇか」
オレと古堂で、集まる衆目を縫って駆け寄った。
「やめ、いや、もういやぁ……」
両腕で頭を抱えて、体を丸めて、泣き、怯え、震えていた。赤いアンダーリムの眼鏡の、長い黒髪の三つ編みに花の髪飾りをした、大人の女の人だ。
「もう大丈夫っす。魔狩ギルドに保護してもらうっす」
オレは、できるだけ平静に、力強く声をかけた。
女は、聞こえてるのか聞こえてないのか、オレの方を見ていなかった。ガチガチと歯を鳴らして、震えていた。
一般人が狭魔に襲われたら、こうなって当然だろう。オレが初めて狭間に引き込まれたときも、きっとこんな感じだったのだろう。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第67話 EP10-3 予期せぬ事態/END