この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「戸塚さんの身の安全は保障いたします。安心して、魔狩ギルドにお任せください」
黒髪をきつく纏めた受付嬢が、花柄の浴衣の女、戸塚に書類を差し出す。
戸塚 美幸は一般人である。赤いアンダーリムの眼鏡をかけ、長い黒髪の三つ編みを花の髪飾りで留める。オドオドした琴音が大人になった感じの女の人である。
「あっ、あっ、ありがとうございます」
戸塚が、オドオドしながら書類を引き寄せた。
魔狩ギルドの一階の、一般人相談用の応接室である。受付嬢と戸塚がそれぞれのソファに座って、低いガラステーブルを挟んで向き合う。
戸塚は、ランクD相当の狭魔に狭間へと引き込まれた。狭魔に襲われ、怪我をした。
腕脚の包帯が痛々しい。幸い大きな怪我はなく、擦り傷と打撲だけで済んだ。
◇
「戸塚 美幸さん。力量が低くて、能力の一次検査までしか受けていませんのね。典型的な一般人ですわ」
戸塚のデータを、麗美が冷静に分析する。
誰でも、義務教育期間中に一回は能力検査を受ける。一次検査で力量の高低を計る。力量が高かったり本人の希望があれば、二次検査で能力の種類を判別する。
オレは、戸塚の腰を気にして見つめる。浴衣の腰には、廉価品の長剣じゃなくて、地味な柄の細剣がさがる。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「あっ、あのっ。こ、この細剣はっ。わっ、私っ、長剣では重くて振れなくてっ」
視線に気付いた戸塚が、シドロモドロに説明した。
確かに、戸塚の腕は細い。
麗美も納得顔で頷く。
「信じ難いですが、その狭魔は遠見さんより弱かった、と見て間違いございませんわね。信じ難いですが」
「そこを繰り返さなくていいだろ……」
オレは思わず、悲しく呟いた。
オドオドする戸塚を囲んで、オレと麗美と琴音と桃花で情報分析会をしてる。オレたちに囲まれてるせいで、戸塚がオドオドしてる可能性もある。
いやでも、大人だし、中学生四人に囲まれるくらいは平気か。
「それもう、勇斗が『贄印』で討伐するしかないでしょ」
桃花が恐ろしい結論を安易に口に出した。
「ちょっ?! やっ、やめろ、桃花! オレ一人で狭魔討伐って、怖すぎだろ!、危ないだろ!」
オレは、キツく反対した。唯一の討伐経験だって、古堂との共闘だ。一人でなんて、できるわけないだろ!
◇
「あ、あの、ここなのですが」
「はい。そこは、『希望する』にチェックを入れてください」
戸塚と受付嬢が書類の記入を始めた。保護とか保証の申請手続きだ。
オレたちは、邪魔にならないように隅に集まる。
「他の狭魔の討伐は成功したんだろ?」
「ランクS相当は滞りなく完遂いたしましたわ。わたくしと琴音御姉様のコンビですから、当然でしてよ」
麗美が誇らしげに、琴音の首に抱きついた。
「麗美ちゃん!? 近い、近いです!」
琴音が顔を赤くして、ナチュラルにパニクった。
「うぁーっ。それ、直に見たかったぜ。あとで報告書を読ませてくれ」
頭を抱えて仰け反るほど、本気で残念だ。琴音麗美コンビは、オレの専門外の共闘戦術の宝庫だ。なのに、見られる機会は滅多にないのだ。
でも、琴音の報告書は、ちょっと苦手だ。毎回、琴音のピンチにイマジナリー白馬の王子様が駆けつけるから。
「今回の報告書は、わたくしが書かせていただきましたの。心してお読みくださいませ」
麗美がオレを見て、誇らしげに微笑した。
「……ソ、ソイツは楽しみだな」
オレは、言葉を選んで感謝した。
◇
「それより、狭魔はどうするのよ? 『贄印』以外に手はないでしょ?」
桃花が話を戻した。
「討伐は、オレじゃなくていいだろ? 片桐さんに頼んで、他の支部に応援を要請してもらおうぜ」
オレは、オレが安全策を提案した。
「遠見さんと同等の魔狩が、そう簡単に見つかりますかしら?」
麗美が、高く評価する口調で、オレをディスる。
「あの古堂さんとおっしゃる方?、ですら力量が合いませんのに。遠見さんほどの方の代わりが、いらっしゃるとは思えませんわ」
高く評価する口調で、この上もなくディスられた。
事実すぎて、反論できなかった。
「いても、『贄印』で単独討伐なんて、受けてくれないでしょ? 勇斗並みの力量しかないんだから」
桃花はストレートにディスってきた。さすがだ。
「まぁ、そうだろうなぁ。見てた感じ、対処法はありそうな狭魔だったし、オレがやるしかないかぁ」
オレだって魔狩である。怖くても、一般人を守るためなら、やるしかないか。運好く、敵の戦い方を見たし。
「あっ、あっ、あのっ。そっ、それなのですが」
全員、ビックリして戸塚を見た。このタイミングで戸塚が発言するとは、誰も予想だにしなかった。
「いっ、いえっ、あわわわっ」
注目に驚いて、戸塚が狼狽えた。両手を額に翳して、日除けみたいに視線を遮ろうとした。
「わっ、私っ、弱くてっ。ずっ、ずっと、隅っこで地味に生きてきたのですがっ」
狼狽えながらも、続ける。
「きょっ、今日こそは変わろうとっ、着飾って花火大会にっ。あっ、あっ、そっ、そんなに派手ではないのですがっ」
何が言いたいのか、ちょっと分からない。
「そっ、その、つまり、私っ、強くなりたくてっ。こっ、これは、その、強くなれるっ、最初で最後のチャンスではないかとっ。えっ、えっと、ですからっ、わっ、私もっ、一緒に戦うことって、できますでしょうかっ?」
『……えっ!?』
全員、間の抜けた声で聞き返した。何を言ってるのか、ちょっと分からなかった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第68話 EP10-4 選択肢はない/END