この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。
応接室のソファに座った。宝物を扱うように両手で丁寧に、低いガラステーブルに紙の報告書を置いた。
落ち着きたくて、一つ、深呼吸した。期待に胸をドキドキさせて、麗美の報告書を厳かに開いた。
◇
琴音と麗美が、花火大会の日の、昼間の雑踏に佇む。
真奉 琴音は、魔狩である。
十四歳の中学生で、銀縁の丸メガネをかけたメガネ女子で、小柄で胸が大きい。普段の灰色の三つ編みを解いて、白銀の長い髪をしている。
レースやフリルをふんだんに使った白銀の、魔法少女みたいな衣装を纏う。レースの手袋の手には、赤いハートと白い翼で飾られた片手サイズの杖を握る。
「麗美ちゃん! 時間です!」
琴音は、小袋から鉄の指輪『刻印』を取り出し、レースの手袋の指に嵌める。
「はい! 琴音御姉様!」
麗美も、小袋から『刻印』を取り出し、細い指に嵌める。
小織 麗美は魔狩である。
十四歳の中学生で、小柄で冷たい雰囲気の美少女である。青く透き通るサラサラストレートヘアで、目つき鋭く無表情で、着飾ったドールみたいなカワイさもある。
今回は着替えられなくて、カワイイ系のフリルな普段着で戦う。手にするコブだらけの古木の杖と、ギャップが目立つ。
二人一緒に、長い髪を揺らして、陽光にキラキラとして、手を高く翳した。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
黒い空の下、白い狭間に、灰色の雨が土砂降る。灰色の地面には、数センチ、薄く水が溜まる。
「生まれ、燃え、橙、弾け」
琴音が、翼で飾られた片手杖を大きな胸の前に構え、魔法の詠唱を始めた。
「冷たき飛礫よ! 我が敵を穿ち!」
麗美が、古木の杖を控えめな胸の前に構え、迷いなく続いた。
薄い水面に、水の塊みたいなものが浮かびあがる。雨に無数の水紋の重なる水面を、泳ぐみたいに掻き分け、二人の周囲を回る。どんどん大きくなっていく。
見た目は、水面を泳ぐ巨大な蛭に近い。土砂降る雨に打たれる体は透明な水の色で、雨に打たれて水紋を描く。人間の頭ならすっぽり呑み込めそうな口吻には、ノコギリ状の赤黒い突起が並ぶ。
蛭狭魔が大きく方向転換して、二人に向かってきた。
「呑み込め! バースト!」
琴音の片手杖から、魔法の火球が撃ち出され、雨を赤く裂いた。蛭狭魔は、火を嫌うみたいに身震いし、薄い水中に潜って避けた。
蛭狭魔が再び薄い水面に浮かび、二人に迫る。
「撒き散れ! フロストショット!」
麗美の古木の杖から、魔法の氷散弾が撃ち出された。
蛭狭魔は避けようともせず、透明な体に炸裂した。バチバチと氷で水面を打つような音がして、蛭狭魔は再び薄い水中に潜った。
水面に、氷の散弾だけが浮かんだ。
琴音と麗美は、攻撃魔法を得意とする能力者『ウィッチ』である。
琴音は炎の魔法を得意とする。麗美は氷の魔法を得意とする。
◇
地面に溜まった水は、本当に数センチしかない。視界の果てまで、薄く地面を覆い尽くす。
太さ一メートル近くありそうな蛭狭魔が潜れる深さではないのだが、ランクS相当ともなれば常識なんて通用しない。
二人、雨にズブ濡れになりながら、周囲を警戒する。水紋の複雑に絡み合う水面に、蛭狭魔の挙動を探る。
「炎は、雨で威力は落ちますけれど、効果がありそうです」
「氷は効きが悪そうですわ。わたくしはサポートに徹します」
「お願いします」
琴音と環境の相性が悪い。麗美と狭魔の相性が悪い。
不利な状況ではあっても、二人の瞳には自信と信頼が輝く。
「夕焼け、原、騒めき、揺れ」
「冷ややかなる壁よ!」
琴音と麗美の詠唱が雨に響く。ハーモニーとなって、二人を中心に大きな水紋を描く。
水紋を裂いて、蛭狭魔が薄い水面に浮かんだ。二人に向かって真っ直ぐに、サメの速度で水面を掻き分けた。
「アイスウォール!」
氷の壁がそそり立ち、蛭狭魔の進路を妨害する。蛭狭魔は氷の壁を撫でるように迂回して、減速しながらも二人に向かう。
「焼き払え! フレイムフィールド!」
雨打つ水面に、赤い草原のように炎が広がった。
蛭狭魔は、またも薄い水中に潜って避けた。燃え広がった炎は、土砂降る雨に打たれて、すぐに消えた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第69話 EP10-5 閑話 狭魔狭魔討伐報告書 前編/END