この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「よし、桃花。ここらで休憩にしようぜ」
オレは、薄汚れた白い衝撃吸収材の床に倒れ込んだまま、桃花に提案した。
「ぜっ、ぜぇ、ぜぇ。そっ、そうですね。わっ、私もっ、す、少し疲れ、うぇっ、げほっ、げほっ」
赤いジャージの戸塚も、床に座り込んで、倒れそうに俯いて、苦しげに咳込んだ。
魔狩ギルドのトレーニングルームにいる。狭魔討伐の共闘訓練で、二人で桃花のスパルタを受けている。
「勇斗も戸塚さんも、まだ一時間も経ってないわよ。たったそれだけの基礎練習で、よくそこまでボロボロになれるわね」
桃花が、信じられない、と呆れ顔で、不思議そうに答えた。
運動不足のインドア派を、桃花と同列に考えないでほしい。
「まぁ、いいけど。ちょっと早いけど、ギルドの食堂でお昼にしましょ」
桃花が、溜め息混じりに肩を竦める。
「や、やったぜ、ぜぇ」
「きゅっ、休憩、うれ、嬉しいです。はぁ、はぁ、えほっ、えほっ」
オレも戸塚も、息も絶え絶えに喜んだ。
◇
「こっ、ここっ、ここはっ、わっ、私がっ、ごち、ご馳走します。おっ、大人なのでっ」
食券売機の前で、戸塚が財布を開く。細い指は絆創膏だらけである。
「やった! アタシ、カツ丼特盛!」
「ありがたく、ご馳走になるっす」
カウンターで食券と料理を引き換えて、一フロア使った広い店内に席を選ぶ。四人掛けの白いテーブルがたくさん並んでいて、正午より前だから閑散としてる。
ビルのボロい外観に反してキレイな内装で、一般にも開放されてるから、昼食時には混雑する。真新しいビル街にある割には安くて美味しい、ってのもある。
オレは窓際のテーブルに決めて、ラーメンを置く。手が痛くて疲れて震える。同じく震える膝で白いイスに座る。
「いただきます」
手を合わせてから、割り箸を割る。一口啜る。熱い、口の中の傷に沁みる。
「戸塚さんは、ちゃんと食べて、少しでも筋肉つけた方がいいわ」
桃花が、戸塚のサンドイッチを指摘した。
「わっ、私はっ。しょ、少食なのでっ」
戸塚が、狼狽えながら弁明した。弁明の余地がないくらいには少ない。
「はい。これ食べていいわよ」
桃花が、自分のトンカツを一切れ、戸塚のサンドイッチに添えた。
桃花は面倒見がいい。戸塚は雰囲気が琴音に似てるから、尚更だ。
桃花は友だちが少ない。琴音は数少ない友だちである。
当の琴音に至っては、『わたしが戸塚さんのバトルコスチュームを作ります!』と宣言していた。
◇
オレはラーメンを啜る。朝から激しく運動して、腹が減ってる。
「なぁ、桃花。オレの知識だけだと机上の空論になっちまうからさ。実戦に際してのアドバイスをくれ」
食べながら、話を切り出した。
「えっ?! アドバイスをくれ!? アタシにはアドバイスくれないのに!?」
桃花が、わざとらしく、驚いた風に目を丸くした。
「桃花、まだ根に持って……、いや、アドバイスは次までに考えておくから、頼む。オマエ以上に頼れるヤツなんて、いやしないぜ」
ここは我慢だ。今は、拝み込んででも桃花の助言が必要だ。
桃花が、嬉しげに頬を赤らめ、満足げに踏ん反り返る。
「ま、まぁ、そこまで言うなら、考えてあげなくもないわよ?」
相変わらず、こっちが心配になるくらいにチョロい。
桃花が真顔になった。
オレも、真顔で向き合った。
「勇斗が大きな怪我もなく狭魔に勝てたのは、共闘した古堂さんが冷静だったからよ」
「分かる。古堂さんは『スナイプ』で、狭魔から離れてたからな。オレは、接近戦になって興奮してた」
「今回は、勇斗が冷静でいなきゃいけないわけ。勇斗が古堂さん役で、戸塚さんが勇斗役ね」
「なるほどな。戸塚さんは接近戦で興奮状態になるから、オレは攻撃しないことで冷静を保つわけか。難しくないか?」
オレと桃花で、戸塚を見る。戸塚がオドオドする。
「がっ、がっ、頑張りますっ!」
ナイスな意気込みだ。挙動は、目がグルグルと回って、手をワチャワチャと落ち着きがなくて、不安だ。
「難しいわよ。興奮してる人が、こっちの声を聞こえてるかも分からないもんね」
「その点、古堂さんはやっぱ凄いよな。あの状態で、的確に、簡潔に、オレの挫けた心を立て直した」
桃花が、ちょっとだけ不満そうにする。負けず嫌いの桃花は、なぜか、たまに古堂にまでライバル心を燃やす。
「今回は、勇斗が、それをするの。ちっちゃい頃から遊んでもらってた古堂さんと同じことを。戸塚さんに的確な言葉をかけるために、戸塚さんのことをよく知らなきゃいけないわけよ」
オレと桃花でまた、戸塚を見た。戸塚が、やっぱりオドオドした。
◇
猶予は少ない。戸塚を知り、戸塚に必要な何かを掴まねばならない。
「戸塚さんって、中学生の頃は、どんな感じだったっすか?」
オレは、とりあえず、ストレートに聞いてみた。同年代の頃の情報があれば、何か分かるかも知れない。
戸塚が狼狽えて、両手を顔の前で振る。
「どどどどんなってっ。ひっ、一人で本を読んでるだだけのっ、じっ、地味なじょっ女子でしたのでっ」
イメージそのままだ。聞くまでもなさそうだ。
「将来の夢ってあるっすか?」
「ゆっ夢と呼べるほどのものはっ。こここれで、ちょっとだけでも強っ、くなれればとっ」
「じゃあ、好きなものは何っすか? 趣味とか」
「しゅっ、趣味っ?! そそそそんなっ、ちゅっ、中学生の男の子に見せていいものではっ」
戸塚が狼狽えて、赤面して、声を裏返した。
琴音が大人になった感じの女の人だ、とオレは理解を深めた。聞くまでもないような、でもヒントになってそうで、根拠はないけど楽観的になれた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第72話 EP10-8 戸塚って人/END