この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
川沿いの長い公園の一画にいる。休日の晴れの昼間に、街の賑やかさが聞こえる。
一般人の戸塚に配慮してブルーシートで囲まれて、見えはしない。街路樹に、セミが煩い。
オレは腕組みして、考える。
結局、戸塚を知るには至らなかった。身も心も弱くて、強くなりたいとずっと思って、でも踏み出す勇気もなかった、と今さらな情報しか得られなかった。
「おおおっ、おま、お待たせしましたっ!」
後ろから、戸塚の声が聞こえた。
「ファンタジーな女戦士風のビキニアーマー!」
オレが振り向く前に、琴音が自信満々に解説する。
「は初心者にはハードルが高すぎるかと思い、厚布を立体的に重ねた近未来風バトルスーツも着ていただきました!」
オレが振り向いた直後くらいに、琴音の誇らしげな補足が入った。
「ススっ、スカートが短くてっ、はは恥ずかしいのですがっ」
三角形の折り重なったデザインのミニスカートを、戸塚が恥ずかしげに両手で押さえる。
なるほど、アニメに登場しそうな戦うヒロインの衣装だ。そこにビキニアーマーの重ね着だ。主人公の赤色だ。
個人の感想としては、適齢期を過ぎてしまったスーパーヒロイン的な風情もある。
戸塚 美幸は一般人である。赤いアンダーリムの眼鏡をかけ、長い黒髪がサラサラと日差しに揺れる。オドオドした琴音が大人になった感じの女の人である。
◇
「準備万端です! いつでも始めてください!」
魔狩ギルド職員からゴーサインが出た。
オレも、緊張する。深呼吸する。
戸塚の勇気は正しい。長い人生、狭魔に襲われるのが今回だけとは限らない。またいつかあるかないか分からないそのときのために実戦を体験しておくのは、確実に意味がある。
「冷静にね! 絶対に勝てるから!」
桃花のスパルタ訓練は、戦う自信となった。
「素敵です! カッコカワイイです!」
琴音お手製のコスチュームは、戸塚のテンションをあげて奮い立たせる。
応援したり、準備したり、手伝ったり、そういう皆の思いが、今まさに背中にあって、背中を押すのだ。
「戸塚さん。よく似合ってるっす」
オレは、小袋から鉄の指輪『刻印』を取り出し、指に嵌める。
「おおおお世辞ありがとうございますっ」
戸塚は照れて赤面して、同じく『刻印』を指に嵌める。
二人一緒に、手を高く翳した。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
曇天みたいな黒い空の下、白い狭間に、灰色の地面は灰色の石ころだらけである。
石ころだらけの地面には、丸々と肥えた猿みたいな、茶色の毛の、背丈一メートル足らずの狭魔が座り込む。
この間も見た、猿狭魔だ。
「ひぃっ」
戸塚が小さく悲鳴をあげた。この間、戸塚はコイツに酷い目に遭わされた。
それを目撃したオレもビビってる。でも、目撃して知ってるからこそ、冷静に動ける。
「戸塚さん。大丈夫っす」
オレは、腰の長剣を抜きながら、戸塚を守る配置に動いた。
「はっ、はいっ!」
声の震える戸塚も、腰の細剣を抜く音がした。
猿狭魔が足元の石ころを拾う。緩慢なオーバースローで投げる。
オレは、その石ころを長剣で叩き落とす。
「くっ」
手の痛みに、思わず呻いた。訓練用のボールと違って、石ころは凸凹して滑って硬い。叩きにくい。
猿狭魔が再び、足元の石ころを拾う。緩慢なオーバースローで投げる。
オレもまた、その石ころを長剣で叩き落とす。
「今っす、戸塚さん!」
「はっ、はいっ!」
戸塚が、オレの横を駆け抜けた。迂回気味に猿狭魔の背後に駆け込んだ。細剣を両手で逆手に握って、猿狭魔の後頭部に振りおろした。
狭魔の動きが緩慢なお陰で、想定以上に上手くいってる。
でも、勝負はここからだ。戸塚が接近戦に入って興奮状態になる、ここからだ。
オレとしては、このままスムーズに討伐に至ってほしい。
◇
戸塚の細剣が、猿狭魔に突き刺さった。
見るからに浅い。オレはサポートできる配置へと動き始める。
「うっ、うわぁぁぁっ!」
戸塚が声を裏返らせて、細剣を抜いて、もう一度突き刺した。
やっぱり浅い。猿狭魔は消えない。細長い腕で緩慢に、戸塚を払い除ける。
「きゃっ!?」
戸塚は成す術なく倒れ込んだ。
猿狭魔が戸塚を見る。足元の石ころを拾う。
「ひっ!?」
あ、マズい! 細剣が半ばで折れてる。戸塚の目が、グルグルとパニクってる。
こうなったら、オレが猿狭魔を倒すしかない。長剣を振りあげ、一歩を踏み出す。
でも、踏みとどまった。
桃花は何て言ってた? とにかく戸塚を守れ、だ。
このままオレまで興奮状態になったら、戸塚の二の舞になったら、どうなる? 負けるに決まってる。
戸塚はパニクって、折れた細剣を、それでも、両手でしっかりと握ってる。手放してなんて、諦めてなんて、いない。まだ、終わってなんかない。
二歩目で向きを変えた。戸塚を守る配置に動いた。
「大丈夫っす!」
この声は、届いてないだろう。
猿狭魔が投げた石ころを、長剣で叩く。
上手く叩けなくて、石ころが肩に当たった。泣きそうに痛いけど、我慢した。
こんなオレでも、魔狩だ。一般人を守るためなら、多少の怪我は覚悟の上だ。
「戸塚さん!」
戸塚を知るには至らなかったが、一つだけ思ったことがある。
自分が強いか弱いかなんて、戦って初めて主観的な基準が決まるような、ひどく曖昧なものだ。それを、戦ったことのない戸塚が、強さを求めるはずがないのだ。
オレも似た感じだから、分かる気がした。戸塚が本当に変えたかったのは、『弱い自分』じゃなくて、たぶん、『戦う勇気のない自分』なのだ。
「今度こそ! 戦うっす! 戦って、勝つっす!」
猿狭魔が足元の石ころを拾う。
「……うっ! うわぁぁぁっ!」
戸塚が声を裏返らせて、オレの横を駆け抜けた。猿狭魔が石ころを投げるよりも早く、倒れ込むように全体重をかけて、細剣を猿狭魔へと突き立てた。
◇
晴れの昼空から、小石が落ちてくる。狭魔を倒すと、消えて小石に変わる。
オレは空中でキャッチしようと、手を伸ばした。掴み損ねて、地面に落ちた。
まぁ、勝てたのだから、最後が決まらないくらいはいいか、と思った。どうやらオレも緊張しすぎて、皆の歓声がボンヤリと聞こえていた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第73話 EP10-9 勇気/END