この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「戸塚さん。ありがとうございましったっす。すっかりご馳走になっちゃったっす」
まだ明るい夕刻に、オレは、地味なロングスカートの戸塚に頭をさげた。
オレと桃花と琴音と戸塚で、近所の神社の夏祭りに遊びにいった。戸塚に散々奢ってもらって、オレの家の前まで帰ってきた。
戸塚が、照れて赤い顔の前に両手を振る。
「そっ、そんなっ、全然っ。皆さんには、おっ、お世話になりましたしっ。おっ、大人なのでっ」
今日は着飾ってない。赤いアンダーリムの眼鏡をかけ、長い黒髪の三つ編みを黒の髪ゴムで留めてる。
「せっかくの夏祭りに、オレたちの引率までさせちゃって、それも申し訳ないっす」
「そっ、それも全然っ! もう、望みが叶ったと申しますか、いっ、一歩を、踏み出せましたので!」
戸塚が、やっぱり、照れて赤い顔の前に両手を振った。
◇
家の前に、黒塗りの高級車が停まる。ドアが開いて、男が降りる。
長めに切り整えた淡い金髪で、優しい微笑で、華奢で、女子にも見えそうな美形の、高校生くらいの青年だ。
高位の聖職者が纏うような、多層多段のヒラヒラとした純白の祭服を着てる。恐ろしいことに、『狭聖教団』の教主である。
腰には、複数能力持ちの『オールマイティ』にしか使えない超常の武器『光輝十字剣』と、黒い革鞘の菱形の大刃の短剣をさげる。
……情報量が! 情報量が多い!
「ちょうどお会いできて、良かった」
教主が、オレに、儚げに微笑した。
オレに用があるってことだ。ビビって、心臓が跳ねた。こっちに用はない!
「げっ、現実の! はっ、儚げなっ、びっ、美青年、再びっ、です! リっ、リアルの!」
レースやフリルでカワイイ系の浴衣の琴音が、教主の儚げな美青年っぷりに興奮した。
「じっ、実在したんですかっ!? 儚げな美青年っ!? もっ、妄想や幻覚ではなくてっ!?」
呼応するように、戸塚も興奮した。拳を握って、食い気味に前屈んだ。
二人とも、儚げな美青年に、ちょっと困惑されてる。
「なんか、用?」
桃花が、オレの前に立つ。教主を睨んで威嚇する。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
ピンクで花柄の浴衣を着て、手にリンゴ飴を握って、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
「御用があればこそ、わざわざ御足労くださったに決まっておろう!」
野太い声で、黒塗りの高級車から、なぜか、黒の司祭服の大男が降りてきた。
なぜか、って、運転席から降りてきたから運転手だと思うけど。
大男が突然、司祭服の上をはだけて、上半身を露出する。
「教主様に不浄な目を向けおって! この!、狭聖様に仇なす邪教徒どもめ!」
二十歳くらいのスポーツマンな角刈り男で、暑苦しいマッチョのポージングで威嚇し返してきた。
「ひっ、ひぃっ?! マッチョ! 怖いです!」
「ひぃぃぃ~っ! マッチョ嫌~!」
琴音と戸塚が涙目で悲鳴をあげ、抱き合った。
「おっ!? おぅ、済まん」
半裸の大男にも、ちょっと困惑された。
◇
教主が儚げに微笑する。
「本日の狭聖様との対話に、遠見 勇斗さんに立ち会っていただきたく、お招きにあがりました」
聞くまでもない。教主がオレに、それ以外の用なんてない。
桃花が無言で、浴衣の肩を開ける。さては、大男に対抗心を燃やしたな?
「そういうのは、いいから」
オレは冷静に、桃花をとめた。
「あっ、あっ、絢染さんっ?! 見えてしまいます! 見えてしまいます!」
琴音が、恥ずかしそうに真っ赤な顔で、強く目を瞑って、桃花をとめようと手を虚空に踊らせた。
「一つ条件があるっす」
オレは、ビビって震える人差し指を立てる。
教主が、微笑で答える。
「もちろん、絢染 桃花さんも、ご一緒にいらしていただいて構いません」
だったら、異存も懸念もない。
◇
違いは一つ、マッチョの大男が狭苦しく車を運転してたことくらいだ。
オレと桃花で前回と同じ、質素だけど真新しい、白い施設に案内された。来客用の薄茶色のローブを頭から被って、白い廊下を、教主と信徒の挨拶を見ながら歩いた。
長い廊下の突き当たり、窓も何もない、黒い箱みたいなイスが一つだけある、黒く狭い部屋に通された。
黒く狭い部屋で、教主の腰の『光輝十字剣』が薄明るく周囲を照らす。
「ネジレ様が、これが最後の対話とおっしゃいました。御満足なされたのか、これ以上は必要ないと御判断されたのか、人の身で推し量れるはずもありませんが」
儚げに微笑する。
「ですから、僕は最後に、生と死をお伝えできれば、と考えています」
オレは、嫌な予感がした。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
黒い狭間に、白い狭魔がいる。人間と大差ないサイズで、人間に似た形で、白い粘土みたいな質感で、黒い空間に片膝を抱えて座る。
オレは、この世界から狭間が見える特殊能力持ちだから、見える。
その白い狭魔『ネジレ様』は、人の形の粘土を捩りに捩ったような見た目をしている。白い表皮に螺旋の凹凸が、頭頂部から足の爪先まで、全身にある。
生と死を知らない何かに生と死を教えるって、できるわけないし、できるできない以前に、発想としておかしい。それはもう、自分が死ぬか、ソイツを殺すしかない。
そもそも対話が成立してるかも怪しいヤツ相手に、そんな無茶を考える教主の命の価値観は、おかしい。自分の命の認識が軽すぎる。
教主は、実力よりも評価ランクの方が高い『オールマイティ』だ。勝てない強さの狭魔に引き込まれる可能性も高く、いつ狭間で命を落としても不思議じゃない人生だから、察するけど、おかしい。
教主が片手で、腰の『光輝十字剣』を抜く。もう片手で同時に、菱形の大刃の短剣も抜く。
光輝十字剣が、光のオーラを纏った。大刃の短剣が、闇色のオーラを纏った。
問答無用で、光と闇で交差に、ネジレ様に斬りつけた。
でも、遅い。弱い。気迫が、覚悟が、殺意が、全然、足りない。
教主の刃が触れるより遥かに早く、ネジレ様からドリルみたいに、捩れた突起がたくさん生えた。曲がりくねりながら、教主の全身に突き立った。
◇
狭魔を倒すと、消えて小石に変わる。
狭間の滞在可能時間を過ぎれば、時間切れでこっちの世界に戻れる。
狭間で人間が死ねば、ただ、死体がこっちの世界に戻される。
オレは呆然と、黒い部屋に倒れた教主を見つめる。歩き寄ろうとして、首を横に振る桃花に制止される。
「……ふふっ。ふふふふふっ」
教主が、滑稽とばかりに笑った。
死んでなかった。生きてた。
「これは、ネジレ様に生と死をお伝えできた、と考えて良いのでしょうか?」
「殺すまでもなかっただけでしょ。見なくても分かるわ」
オレより早く、桃花が呆れ顔で素っ気なく答えた。
「ふふっ。そうなのでしょうね」
教主が爽やかに微笑した。ようやく肩の荷が降りた風に、晴れやかな笑顔だった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第74話 EP11-1 狭聖事件/END