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第2羽 天使の死体


 パトカーのサイレンが公園内に鳴り響く。アレッタは仰向けで倒れていた天使の死体を、ブルーシートがかけられるまでじっと凝視していた。



<最初は慌てて天使だと思っていたけれど、なんだかいびつね。本当に天使なのかしら>



 服装は絵本やアニメにでてくる天使そのものの衣装だが、問題は天使の象徴とも言える翼にあった。


 翼は背中に生えておらず、お尻の両側に生えており、左右の大きさはそれぞれ違う。ふわふわの羽というよりは、魚の鱗のように固く、光沢していた。そして顔はおぞましく、閉じている目からは血が流れており、歯はギザキザに尖っていた。



「なぁに。天使のコスプレをしたオカルト野郎が急性アルコール中毒にでもなっておっちんだんでしょう。それにしてもすごいな。どうやって翼を体にくっつけたんだか」



 天使の死体を確認していた警官は大したことないと息巻いているが、顔色は悪く口元はどこかひきつっていた。天使だと判断するにしては、その天使はあまりに醜いのだ。警官は近隣住人を不安にさせないために言っているのだろうが、それは逆効果となっていた。



「アレッタ!」



 応援でやってきたパトカーからリアム・シンクレアが降りてくる。あの事件の時にお世話になった若手刑事だ。



「シンクレア刑事」



 無精髭のせいで見た目は30代に見えるが、実際は20代半ば。彼はいつもどこか疲れた顔をしており、よれよれのトレンチコートを羽織っている。天然パーマの黒髪を1つに結んでいる姿は胡散臭い探偵に見えるとアレッタは彼を見る度に思うのだった。



「お前さんの名前を聞いたから何か事件に巻き込まれたのかと思ったぜ。天使の死体だって?」



 リアムは死体を覆っているブルーシートを開けると、目を真ん丸にした。



「こりゃあ、コスプレにしてはよくできてる。継ぎ目は何で出来てんだ? これを見つけたのが、お前さんと小学生2人と言うことか?」



 アレッタは静かに頷いた。



「詳しくは警官に話しましたから」


「あぁ、わかった。お前さんはもうここから離れた方がいい。後はこっちに任せておけ。朝から嫌なもんみたな。怖かっただろう。これから学校か? 遅刻しちゃいけないな。パトカーで良かったら送るぜ」



 リアムはあの事件からなにかと親切にしてくれている。アレッタの無惨な姿が相当ショックだったのだろう。


 アレッタはまだ公園に居たかったが、人だかりが多くなってきて人目を気にしていた。真夏にマスクをつけているのもあるのか、あの事件が有名なのか、野次馬たちはアレッタを見ると、ひそひそと話を始める。リアムはそれに気づき、彼女の肩を掴んで公園の外まで一緒に歩いてくれた。



「走って学校に行くので、ここまでで大丈夫です。ありがとうございます」


「そうか。まぁ、なんかあれば言ってくれ。番号教えただろ? 死体を見たんだ。しかも縁起の悪い死体をな。嫌な夢を見なきゃいいけど」


「悪夢はいつも見てるので。それじゃあ、さようならシンクレア刑事」



 リアムは心配そうにアレッタを見送る。遅刻しそうだとアレッタは急いで高校まで走った。



 †



「アレッタ・ハワード。珍しいな。君がギリギリで登校だなんて」



 生徒指導の先生が肩で息をしているアレッタを見て、親指で校舎に入るように促す。アレッタは無言のままコクンと頷くと、校舎の中へ入った。


 汗を拭いながらアレッタが教室に入ると、騒がしかった部屋が一瞬静かになった。それからクラスメイトはアレッタを一瞥すると挨拶もせず、また会話へと戻っていく。アレッタは自分が透明人間になったような気分になり、いそいそと自分の席についた。


 新学期に突入しても変わらないか。アレッタは口を閉じてため息をこぼす。教室にいる誰もが、アレッタを避けていた。それは顔の傷のせいもあったが、あの集団リンチ事件が集団薬物事件として片付けられてしまったせいもあった。


 7人の女子中学生たちが薬物反応が検出されない新規の薬物に溺れ、幻覚症状のせいで皆が殺し合いを初めてしまったとメディアでは語られている。


 アレッタは否定したかったが、天使の話をするわけにはいかず、何も覚えていないと言うしかなかった。オリビアに関しては意識は戻ったものの、支離滅裂なことばかり言って完全に乱心状態だ。2年が経った今でも家で療養している。


 薬物でラリっていた子と友達になるなと親たちから言われているのか、皆はアレッタを見てみぬフリをしているのだ。



「はいはい、皆さん。席について」



 担任のワイヤード先生が指示すると、クラスメイトはぞろぞろと席につく。



「改めて、おはようございます皆さん。夏休みは楽しかったかしら? 新学期から新しい仲間が転入してきました。紹介するわね。さぁ、入って」



 扉が開いて最初に目にしたのは、輝くようなプラチナブロンドの髪だった。顔は誰が見ても美形そのもので、謎めいた黒色の瞳は女子生徒を釘告げにしていた。アレッタも転入生を驚いた顔で見ていたが、彼がすごくかっこいいからという理由ではなかった。



「さぁ、自己紹介してちょうだい」



 ワイヤード先生も彼の色気にやられたのか、優しい声で彼の背中に軽く触れる。転入生はわかりましたと言うと、黒板に名前を書いて自己紹介した。



「ロイ・シーダースといいます。ロイって呼んでください。親の転勤でこの町にきました。よろしく」



<やっぱりそうだわ>



 ロイと目が合い、アレッタは一瞬ドギッとする。彼は一瞬、ほんの一瞬だけ彼女に向かってウインクをした。アレッタは恥ずかしくなって顔を背けたが、あることが頭を過っていた。



<確信はないけど、彼、人間じゃない。精霊のような、そんなオーラを感じるわ>



 さらに彼の黒色の瞳が一瞬だけ金色に光ったのをアレッタは見逃さなかった。





 数学の授業が始まってもロイのことが気になってしまい、チラチラと彼を見る。昔のアレッタなら他の女の子たちと同様目をハートにしてロイを見るだろうが、今は美少年という存在は苦い記憶を思い出させ、彼を好きになれなかった。



<彼が人間ではないなら、なんだと言うんだろう。精霊にしては、完全な形が出来上がっている。考えられるとしたら……>



「ではさっそく、転入生のシーダース君にこの問題を解いてもらいましょう。シーダース君、前へ」



 数学教諭のガバナ先生がロイを指示すると、彼はにこやかに微笑んで黒板へと向かおうとする。ゆったりと歩く隙に、彼はアレッタの机の上にそっとあるものを置いた。



 それは、一枚の羽だった。



 アレッタは驚いて彼を見たが、ロイはそのまま黒板まで歩いていった。



<まさか、天使だと言うの?>




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