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第6羽 グレイブルーとバーミリオン


 オリビアの家から出ると、待っているはずのロイザミエルの姿は無かった。アレッタは好都合だと思い、黒のパーカーを頭まで被り、マスクをつけ直す。こんな惨めな顔を、なぜか彼に見られたくなかったのだ。


 3ブロック先まで歩くと、2人の学生に行く手を阻まれる。



「ねぇ、君。なんでフードなんて被ってるのさ。しかもこんな暑い季節にマスク? もしかして有名人? 動画とか回してる人?」



 ナンパか。アレッタは2人の男の顔をちらりと一瞥した。そして右側の男子生徒を見るなり、今日は最悪な日だと心の中で悪態をついた。


 それはかつての恋人、ベンジャミン・ジェンキンスだった。彼もアレッタのことを覚えていたのか、彼女の顔を見て驚いていた。



 左側の男子生徒が

「知り合いか?」

 と尋ねると、ベンジャミンは首を横に振った。


 そして、

「いいや。知らない」

 と答える。



 アレッタはどこか打ちのめされたようなが気がして、フードとマスクを自らとって、わざと頬の傷を見せつけた。2人はぎょっとした顔をすると、そそくさと逃げるように去っていく。    

 一瞬だけ、


「やばいやつに話しかけちゃったぜ」


 という声が聞こえた。



 アレッタは、自暴自棄になってフードとマスクを脱いだままふらふらと歩き続けた。時折、ニヤリと笑い、自分をあざける。それを見ていた通りがかりの人は彼女と距離をおいて足早で去っていった。



<何がエンジェルノイドよ。皆、私を悪魔付きだと思ってるわ>



 帰り際に天使が死んだ公園に向かうと、ジャングルジムのてっぺんに登って、空を仰いだ。鉛色の雲が青い空を覆い始める。にわか雨でも降るのかとアレッタはぼんやりと考えていた。



<降るなら降ればいいわ。今日はずぶ濡れになりたい気分なのよ>



 だが、公園に降り注いだのは雨ではなく、ふんわりとした可愛らしい玉雪だった。



「夏なのに、雪……! これって」



 アレッタはジャングルジムのてっぺんから飛び下りると、辺りを見回す。



 来る。あの灰青はいあおの天使が。



 呼吸の乱れを整えて身構えていると、アレッタの思惑通り灰青の天使が公園の入口に立っていた。


 黒から青のグラデーションの髪、灰青色の瞳と同じ色のシャツ、その上から黒いスーツを羽織っている。彼は2年前とそっくりそのままの格好をしていた。



「あなた、私にとんでもないものを組み込んでくれたわね! このまま死なせてくれたら良かったのに!」



 灰青の天使は悲しそうに眉間に皺を寄せると、手を差しのべた。



「迎えに来た。私の元にこいアレッタ。君の求めるものは私の中にある」


「私の求めるもの?」


「安らぎ、幸福、それに愛だ」



 灰青の天使が悪魔の囁きのように滑らかな声でアレッタを誘う。普通なら何を馬鹿なと一蹴するところだが、どん底にいる今のアレッタにとってその言葉はすがりたい気持ちでいっぱいだった。



「エンジェルノイドよ。さぁ、我が元へ来るんだ」



 一歩。さらに一歩と灰青の天使に近づき、差しのべられた手に触れようとする。雪がアレッタの頬を撫で、じわりと溶けていく。灰青の天使まで後数歩のところだった。



「今まで辛かっただろう。アレッタ」



 お互いの手が触れ合うところでロイザミエルの怒鳴り声が聞こえる。アレッタはふと我に返った。



「見つけたぞ! グレイブルー!」



 ロイザミエルはアレッタの腰に手を回すと灰青色の天使から遠ざけた。グレイブルーと言われた灰青の天使は不敵に笑い、ゆっくりと彼の名を呼んだ。



「ロイザミエル。左遷された外れ者のバーミリオンか」


「リディエル様よぉ。指名手配されているお前様に言われちゃおしまいだな。今日こそお前を捕まえてやる!」



 ロイザミエルは片手から赤い炎を出した。こんな状況を周りの人が見たらとアレッタは辺りを見回したが、人々は時が止まったようにピクリとも動いていなかった。



<時間を止めたのね。人に見られたら大変だもの>



 灰青の天使、リディエルは指を鳴らした。すると、鉛色の雲間から3体の天使が降りてくる。その3体は公園で死んでいた天使と同じように醜い姿をしていた。閉じた目からは血を流し、翼はそれぞれ変なところから生えている。



「悪いがバーミリオン、そう簡単に捕まるわけにはいかないのでな。こいつらと遊んでやってくれ」



 リディエルは翼を広げると、真上に向かって飛ぶ。



「アレッタ。必ず君を手に入れる。お前は、私が創造したエンジェルノイドなのだからな!」



 それから彼は目にも止まらぬスピードで雲間の中に消えていった。



「待て!」



 ロイザミエルが止めようとしたが、3体の醜い天使が行く手を阻んだ。彼らは唸りながら鋭い爪を立てて2人に襲いかかってくる。ロイザミエルは持っていた火の玉を彼らに放つと、醜い天使は軽く避けた。だが、追従機能があるのか火の玉は方向転換し、醜い天使たちに当たる。


 彼らは断末魔の叫びを上げながら、地面に落ち、熱さと痛みでのたうち回った。肉の焼ける匂いがして、アレッタは胃の中の内容物が出ないようにぐっと我慢する。


 それからしばらくして彼らは炭のように真っ黒に焦げて、動かなくなった。アレッタは腕で鼻を覆いながら、おそるおそる彼らの顔を見る。それはどこかで見たことのある顔だった。



「この人たち、ニュースで見た行方不明者よ」



 顔色の悪そうな長髪の男の顔。間違いないわと、アレッタはロイザミエルに言う。彼はチッと舌打ちをした。



「天使もどきだ。やばいな。そろそろ時間が切れる」



 時間ときを止めていた力が切れる頃だと言いたいのだろう。通行人が少しずつ動こうとしていた。ロイザミエルは咄嗟にアレッタを抱き抱えると、上空に舞う。



「何をしているの!?」


「焼死体と一緒にいるところを見られてみろ。俺はとにかく君は殺人犯にされちまう。掴まってろ。とりあえず君の部屋で作戦会議だ」



 ラムネのような甘い香りを吸い込みつつ、アレッタは恥ずかしく思いながらロイザミエルの首に手を回した。彼の胸元はがっしりとしており、体温は人間と同じようにとても暖かった。



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