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第7羽 天使もどき


 夕方に差し掛かり、ロイザミエルはアレッタを家の近くに下ろした。ただいまとアレッタが玄関を開けると言うと、母親が急いでアレッタの元に駆け寄った。



「アレッタ! 大丈夫!? 公園で3人の焼死体が発見されたってリアム刑事から電話があったの! あなたでなくて良かったわ」


「私はそこを通らなかったから」


「もう一度彼に連絡しておくわ。それと今夜、リアム刑事を夕食に誘ったから。ほら、普段よくしてくれるからお礼にね。あなたも参加するのよ。そんな陰気な服はやめて、前みたいに可愛い服を着なさい」


「全部捨てたから」



 アレッタは母親をすり抜けて、自室に戻った。母親はアレッタの名を呼んだが彼女は聞こえないふりをした。扉を閉めると、ロイザミエルがいつの間にかベッドの縁に座って腕を組んでいた。



「無遠慮だと思わないわけ? レディの部屋に無断で入って。それにさっきまでどこにいたのよ」


「天使もどき」


「何よそれ」


「あれは、天使もどきだ。君がオリビアの家にいる間、天使もどきが見えて後を追ってたんだ。そしたらそれが罠だってわかって、急いで君を追いかけたんだ」


 アレッタは呆気にとられていたが、天使もどきの存在が気になり椅子に座る。



「天使もどき?」


「エンジェルノイドになれなかった人間のことだ。エンジェルノイドになれるのは適合率が高くないと達成できない」


「エンジェルノイドって世界で何人いるのよ」


「君をいれると、世界に5人しかいない」


「ご、5人しかいないの?」



 アレッタは驚いてすっとんきょんな声をあげた。



「分母がどれくらいなのかわからないけど、適合率は低いはずだ。これで説明がつく。この町の近くで灰青の天使リディエルが動き出したんだ」


「昨日、天使の死体が発見されていたけど、あれも天使もどきなのね。そして、町で行方不明者になった人たちはリディエルっていう天使によってエンジェルノイドまたは天使もどきにされていると」


「今のところは、そういうことになるな。リディエルが君を欲しがっているところを見ると、集めた人間たちは皆、天使もどきにされているようだね」



 ロイザミエルはふぅむと顎を触り、再び腕を組んで何やら考えていた。



「リディエルはどこにいるんだ」


「あの灰青の天使ね」


「リディエルを探そう。この町のどこかにいるはずだ」


「ちょっと待ってよ。なんで私があの天使を探すのよ。私は関係ないわ」



 アレッタはむっとして、窓を開ける。



「ここから先はあなたたちこう天使の仕事でしょ? さ、帰ってちょうだい。これから夕飯なの」


「君のママが言ってたあのリアムってやつが来るようだぞ」



 ロイザミエルが窓の外をギロりと睨んだ。



「だから何? 関係ないでしょ」


「君は、あの刑事が好きなのか?」


「ちょっと、何を急に言い出すのよ。まさか嫉妬してるとかないわよね? 早く出てってよ」



 アレッタがロイザミエルの背中を押すと、彼はひらりと交わしアレッタの手を握った。



「なぁ、本当に俺のこと覚えていないのか?」



 手を振りほどこうとしたが、彼の力が強くてどうにも動かせない。彼の黒い瞳がだんだんと金色に変わっていく。気持ちが高ぶると金色に変わるらしい。


 アレッタは真剣に見つめるロイザミエルに負けて、記憶を探ったが、どうしても思い出せなかった。



「とにかく、帰ってよ。お友達にでも頼んであの天使を見つけることね」


「友達なんていない」



 ロイザミエルは自嘲した物言いをした後、翼を広げて窓から出た。



「また明日来るよ。俺と君はパートナーなんだからさ」



 銀朱色の天使はウインクをして、飛び去っていく。それと同時にインターフォンがジーーっと鳴った。



「私がシンクレア刑事を? なんでそうなるのよ。たしかに優しいし大人の魅力あふれるって感じはするけど……私のこの顔のこと見えてないわけ?」



 アレッタは鏡で自分の顔を見た。



「こんな顔で好かれるわけないじゃないの」



 †



 今日のアニタはかなり多弁だった。リアムはそれを笑いながら聞き、いかにも興味があるように話を合わせてくれた。アレッタにとっては好都合だと思ったが、心の中ではどこか寂しさを感じた。



「リアム刑事。ポテトのおかわりは?」

 母親が聞くと、リアムはいえいえと手を振った。

「もうお腹いっぱいでして、やはり手料理はいいですな」



 母親はまぁと嬉しそうに返した。リアムはそろそろと言うように立ち上がる。



「アレッタ。少し話せないかな?」



 自分ではなくアレッタを指名されたことにアニタは少しムスッとしていた。アレッタはしぶしぶ頷くと、リアム・シンクレアを玄関まで送る。



「アレッタ。調子はどうだい? 天使の死体を見てからお前さんの様子が気になってね」


「大丈夫です。ありがとうございます。シンクレア刑事」


「リアムって呼んでくれ。アレッタ」



 リアムはアレッタの顔をじっと見つめている。アレッタは頬の傷を恥ずかしく思って髪をいじった。



「あの事件。薬物だって言ってるが、俺は違うと思ってる。お前さんとオリビア・ウィルソンが彼女たちに暴行されていた時に何かが起きた、そうなんだろう? でなければ、お前さんとオリビアがあんな怪我を負うことはない。アレッタ。本当のことを言ってくれないか? 俺はお前さんが心配なんだ」



 アレッタは本当のことを言おうか躊躇ったが、


「本当に覚えてないんです。ごめんなさい」 


 と嘘をついた。リアムはどこか寂しそうな顔をしていた。



「そうか。そうだよな。すまない、思い出すようなことを言って、本当は忘れたいよな」



 リアムは片手をあげると、アレッタの頭を撫でた。



「何かあれば言えよ。いつでも相談に乗るから」



 アレッタはどこか申し訳なさそうに頷くと、シンクレア刑事は扉を閉めて、ハワード邸を後にした。ダイニングに戻ると、アニタがむくれっ面でアレッタに吐き捨てる。



「同情ってやつよ。リアム刑事は同情から優しくしてるだけ。勘違いしないでよねアレッタ。恥ずかしいから」


「わかってるわよ」



 アレッタは食べたものをシンクの中に入れ、部屋に戻った。それからベッドに仰向けで倒れると固く目を瞑った。


 拒絶するオリビアに、無視するベンジャミン、求めてくる灰青の天使に、焼かれた天使もどき。それから優しくしてくれるリアム刑事。アレッタの頭の中はぐしゃぐしゃに荒れていた。


 その混ざり合った記憶の中で、ポッと誰かの声が聞こえた。



『綺麗な金色の髪だな』



 アレッタは息を吹き替えしたようにハッと目を開けた。



「今のは、誰の声?」



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