朝日が上り、アレッタがむくっと目を覚ますとまた部屋が冷え固まっていた。今回は天井から氷柱が立っており、以前にも増して冷え込んでいるのが伺える。どうにもこうにも寒さを感じないアレッタはこの現象がなんなのか未だにわからなかった。
「これもエンジェルノイドのせいなの?」
この現象をロイザミエルに聞きたかったが、昨日のことあって尋ねる勇気はなかった。窓を開けると温度差で部屋が水浸しになるのではと、アレッタは部屋をそのままにして、下へと降りた。
リモコンでテレビの電源を入れると丁度よくニュース速報が流れる。それは、
『遺体安置所に置かれていた天使の死体が突然姿を消しました。昨日追加で発見された3体の天使の焼死体も同様に姿を消し、その時の防犯カメラの映像は酷く乱れているとのことです。捜査関係者は窃盗事件とて捜査を進めています』
<きっとロイだわ>
アレッタは直感で彼だとわかった。
<天使もどきだもの。世間に知られたら大変だものね>
壁に備え付けている電話が鳴り、母親が急いで取る。彼女はアレッタをちらりと見ると、すぐさま小声になり、電話を切るとアレッタに尋ねた。
「ねぇ、アレッタ。まさかオリビアを部屋に匿ってるとかしてないわよね?」
「そんなわけないじゃない。さっきの電話、オリビアのお母さんから?」
「そうなの。オリビアが消えたみたいなのよ」
「なんですって?」
アレッタは思わず牛乳を溢した。
「お母さんが朝食を持ってきたときには既にもぬけの殻になっていたそうよ」
「オリビアが……消えた?」
「今、警察と話をしているそうなの。かなり取り乱してたわ」
溢れた牛乳を布巾で拭いながら、アレッタは不安でいっぱいになった。
「あなたが関係してないならいいのよ、アレッタ。オリビアを探そうだなんて考えないでちょうだいね。とにかくこの件には関わらないこと」
母親がくどくどと忠告していたが、アレッタは心ここに非ずの状態で返事をした。自室に戻ると、銀朱の天使ロイザミエルがベッドに腰かけて腕を組んで待っていた。
「来ると思ったわ」
「なんの用事かわかってるだろ?」
「オリビアのことね?」
ロイザミエルはそうだと頷いた。
「きっとリディエルの仕業だ。間違いない」
「リディエルはどこにいるの?」
「わからないままだ。とにかくオリビアの部屋に行って情報がないか探りたい」
「私も行くわ」
アレッタが準備をしようと、クローゼットから服を選んでいた時、ロイザミエルは彼女の後ろにわざわざ近づき、耳元で囁いた。
「手伝わないんじゃないのか?」
アレッタは少し恥ずかしくなり、彼を見ないように黒のジャージをハンガーからとる。
「そ、それとこれとは別よ。親友が危ない目に遭ってるかもしれないんだから」
「友達想いなんだな」
ロイザミエルはアレッタから離れて窓際まで歩いた。解放されたと思い、アレッタはロイザミエルを睨み付けた。
「彼女の家に行くなら夜中がいい。今は警察がいて部屋には入れないからな。その間、俺は屋根の上で待ってるとしよう。なんだかここは嫌に寒いしな」
そう言うと彼は、窓を開けて屋根の上に移動した。アレッタはシックな部屋に合わない桃色の熊のぬいぐるみを手にとって抱き締める。
そのぬいぐるみはオリビアからもらったものだった。
アレッタは涙ぐみながらそのぬいぐるみの頭を丁寧に撫でる。霜が降りていたぬいぐるみは濡れており、黒色の目から雫が垂れた。
†
真夜中になり、アレッタは黒のジャージに着替え直して、窓を開ける。するとロイザミエルがアレッタの腕を引っ張った。
ロイザミエルはアレッタを抱き締めるように空中で支えた後、自分の首に腕を回すように彼女に言う。彼はアレッタを抱き抱えると、翼を大きく広げた。
「しっかり掴まってろ。人に見られないようにかなり上を行く」
銀朱の天使はそう言うと、ぐっと上空まで上がっていった。オリビアの家から4ブロック離れた裏路地に入り、ロイザミエルはゆっくりとアレッタを下ろした。
「オリビアの部屋にこっそり入る。俺が先に入って鍵を開けるから、君は人に見つからないようにオリビアの家まで向かってくれ」
「わかった」
ロイザミエルは1人で空へと舞い上がり、アレッタは彼の言う通りにオリビアの家へ向かった。オリビアの家の周りにパトカーの姿はない。塀の近くで待っていると、後ろからロイザミエルが肩を叩いた。
「窓は開けておいた。中は誰もいない。入ろう。懐中電灯は持ってきているか?」
ロイザミエルとアレッタは窓からオリビアの部屋に入り、懐中電灯をつける。暗がりで見る天使のポスターはどこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
「日記とか書いてるかしら。あの状態じゃ書いてないわよね……」
彼女の机の上に懐中電灯を当てると、1枚の紙が置いてあった。
「手紙……? 警察は回収しそこねたわけじゃないわよね。それに何なのこの文字。どこの国の言語よ」
「まさか、これは
ロイザミエルが小声で手紙を読み始めた。
「親愛なるアレッタ、そして銀朱の天使ロイザミエル。君たちがここへ来ることはわかっていた。アレッタは友達想いだからね。オリビアを預かっている。返してほしければ、私の研究所へ招待しよう。明日の真夜中に白いカラスを遣いに出す。必ず君は来る。待っているよ。灰青の天使」
アレッタは眉間にシワを寄せて手紙の内容を聞いていた。ロイザミエルは怒って、片手から炎を出すと手紙を一瞬にして灰にした。
「アレッタ。行くな。行けばやつの思うツボだ。リディエルはエンジェルノイドの君を研究したくてオリビアをさらったんだ」
「ダメよ、行かなきゃ」
「アレッタ。何度も言うが、オリビアを助けても何もいいことにはならない。助けてどうする? また友達に戻れるともでも?」
「それでも、私はオリビアを助けたい!」
思わず大きな声を出してしまい、アレッタは両手で口元を抑えた。だが、声はオリビアの母親に聞かれてしまったようだ。
「オリビア? 帰ってきたの?」
階段を上がる音がする。アレッタがパニックになっていると、ロイザミエルは懐中電灯を消して、彼女の腕を引っ張った。
「こっち」
ロイザミエルはベランダ側のカーテンの角にアレッタを誘導する。彼とアレッタはお互いに密着するように息を潜めた。