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第10羽 氷


 アレッタはロイザミエルの存在に驚いて、後ろを振り返るなり勢いよく後ずさる。制服姿のロイザミエルはどこか気に入らないといった顔をしていた。



「ロイ!? いたの!?」


「顔が赤いぞ。あいつに何か言われたか? 愛の告白でも?」


「そ、そんなんじゃ……! 何よ。あなた、愛のキューピットに向いてないわね」



 アレッタがリアムとの会話を誤魔化すと、ロイザミエルは顔をしかめた。


 そしてアレッタに近づいて、

「君を魅力的だと思ってるのは、あの刑事だけじゃないからな」

 と告げるなり、くるりと振り返って高校へ向かっていった。


 アレッタは目を瞬かせて、ずんずんと歩くロイザミエルの背中を見る。



「何よ。聞こえてたんじゃない」



 †



 授業が終わり、アレッタは教科書をロッカーに入れる。ロッカーの戸を閉めると、ロイザミエルに付きまとっているセリーナとその取り巻きが待ち構えていた。アレッタは嫌な予感がして、心臓が早鐘を打つ。



「な、何よセリーナ」



 綺麗に巻いた髪を払いながら、セリーナはアレッタを睨み付けた。



「朝、ロイと話してたじゃない。あなたロイに気があるの?」


「そんなわけないでしょ」


「ならどうしてロイがあなたに話しかけてくるのかしら? あぁ、わかった。きっとそのほっぺの傷のせいね。同情させておいて、彼も薬漬けにするつもり?」



 取り巻きたちがくすくすと笑う。

 アレッタはセリーナをキッと睨み付けた。



「黙りなよ、セリーナ」



 セリーナはニヤッと笑うと、アレッタのマスクを外してゴミ箱に投げ捨てる。それから、大声で叫び出した。



「きゃぁぁぁ! 何よその顔! 怖いったらないわ!」



 さらにセリーナの取り巻きまで悲鳴をあげ、周囲の気を引く。アレッタの周りにいた生徒たちは彼女の頬の傷を見て驚き、一歩引いては、こそこそと話を始めた。


 アレッタは髪の毛で頬の傷を隠し、急いでその場から立ち去った。逃げる背中を見て、セリーナたちの高笑いが聞こえる。アレッタは目に涙を浮かべながら、女子トイレに駆け込んだ。


 女子トイレに誰もいなくて助かった。アレッタは洗面台に向かって、蛇口を捻り、顔を洗って涙を拭う。怒りと悔しさで手がわなわなと震えていた。



「私が何をしたって言うのよ!」



 洗面台を掴んで、鏡を見る。十字架状に斬られた傷痕を恨めしそうに見ては、目頭が熱くなり、とうとう涙が止まらなくなった。



 それから、奇妙なことが起きた。



 アレッタの足元から、ピシピシと音を立てて氷が張っていく。アレッタは泣き続けていて氷の存在にまだ気づいていなかった。


 いつの間にか女子トイレはスケートリンクのように氷に覆われていった。



「な、なによこれ!」



 氷の存在にやっと気づいたアレッタは、急いで女子トイレから出る。だがトイレから出ると、またもやセリーナがアレッタの邪魔をした。



「アレッタ・ハワード。あんたは心も体も醜いのよ。だから、ロイに近づかないで。あなたが近づくと、ロイが汚れる!」


「もう嫌! 消えてよ!」



 アレッタがセリーナの肩を押したそのときだった。


 セリーナの肩が一瞬にして凍りついたのだ。



「な、なによこれ! 痛い! 痛い!」



 セリーナが悲鳴をあげて、凍りついた肩を壁に押し当てる。凍った部分がパリンと音を立てて崩れていったが、セリーナの肩は完全に凍傷していた。アレッタも何がなんだかわからなくなり、その場で立ちすくむ。


 すると、ロイザミエルが急いでアレッタの手を引いた。そして、パチンと指を鳴らすと、セリーナは膝から崩れるように倒れる。



「セリーナの記憶は消しておいた。ここにいたらまずい。とにかくこの場から離れよう」



 アレッタが歩く度に薄氷が生まれ、床に張りついていく。ロイザミエルもこの光景を見て驚いていた。



<一体、何が起きてるの? 何だっていうのよ!>



 †



 屋上までたどり着いた頃には、先ほどの氷の現象は落ち着いていた。



「離してよ!」



 アレッタはロイザミエルの手を払う。彼は、負けじと彼女の両肩を掴んだ。



「いつからあれが出せるようになったんだ。今まで言わなかったじゃないか」


「知らない! 今までは朝起きたら部屋が冷蔵庫みたいに冷たくなってた。それだけだったのよ。氷が生まれてくるなんてはじめてよ! 何が起きて」


「リディエルは氷を司る天使だ。彼からもらったエンジェルコドンの影響を受けている。だから、君も氷が使えるんだ。だんだんと完全なエンジェルノイドになりつつあるんだよ。マスクはどうした? アレッタ? 泣いてたのか?」



 ロイザミエルはアレッタの頬についた涙を拭おうとしたが、アレッタが振り払う。



「何があったんだ、アレッタ」


「私は、醜いのよ。ロイ。わかるでしょ? でも、あなたは美しい」


「アレッタ?」



 アレッタは唇を噛んで、泣くのを堪えたがまた涙がぽつりぽつりとこぼれていった。



「あなたとパートナーにはなれない。なりたくない」


「セリーナに何か言われたのか? アレッタ。どうしたんだ」 


「あなたまで醜くなったら、もっと寂しい気持ちにさせてしまう。そしたら、天使界でもっとひとりぼっちになるでしょう? 寂しい気持ちは私だけでいい。美しいものは美しいままでいて。私のことは放っておいていいから」


「放っておけない」



 ロイザミエルはアレッタを優しく抱き締める。ラムネの甘い香りが胸一杯に広がった。



「君は醜くなんかない。友達想いで強気で、ちょっと自信がない可愛い女の子だ。だから、そんな寂しいことを言わないでくれ」



 暖かくて心地がよい。アレッタは目を閉じて、ロイザミエルの背中に手を回した。



 †



 アレッタはしばらくして自分が何をしているのかわかり、急いでロイザミエルから離れた。



「お、落ち着いたわ。ありがとう」



 ロイザミエルは照れくさそうに微笑んだ。彼の頬もほのかに赤く染まっていた。



「それは良かった……それじゃあ、また真夜中に会おうぜ。アレッタ」



 彼はそう言うと、翼をはためかせて上空に舞い上がった。それから両手で髪を掴むと、銀朱色のいつもの髪色に戻す。それからアレッタに手を振って、夕暮れに向かって飛び去っていった。


 アレッタはロイザミエルを見送ると、髪で傷を隠しつつ屋上を後にした。アレッタには一つ疑問があった。



「白いカラスって暗がりでも見えるのかしら?」




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