「ビビアン!」
ビビアンはいつも待ち合わせにしている大きな切り株の前に立っていた。切り株は酷く焼け焦げ、炭の匂いがする。彼女は今にも泣き出しそうな顔で僕にすがりついた。
「ナタァ! 一体どうなっているの? 村も大変なことになってるの。家は倒れて、畑は枯れて、まるで黒い竜巻に襲われたみたいに全部真っ黒になっちゃったの! この森みたいに」
どうやら村にまで被害が及んでいるようだ。僕はビビアンの肩に手をおいて、とにかく彼女を落ち着かせる。
「ビビアン。僕の魔力で森が修復できないかやってみるよ」
「うん! お願い。やってみて!」
僕は両手をかざして、目を瞑る。頭の中で緑豊かなイベットバルトスの森を想像して唱えた。
「自然よ、元の姿に戻りたまえ」
いつもなら少しずつ少しずつ1日がかりで植物が芽吹いていくところだが、今回は違った。両手にかざして放たれた緑の光がどっと強さを増し、広範囲で飛び散る。オーラは枯れた植物たち次々と修復していった。ビビアンは飛び上がって喜んだ。
「すごい! すごいよナタ! いつのまにこんな力が? そうだ。今日はナタの誕生日。魔法の力が以前よりも強くなったのよ! やったやった! これで村も救えるわ!」
これが、僕の力!
そうだ。この異常は僕のせいじゃない!
これで僕は村の人々を救えるんだ!
「ビビアン。村へ案内しておくれ。僕が直してみせるよ」
ビビアンが案内すると、村は僕が思っていたよりも酷く荒れ果てていた。家々は全てなぎ倒されて、爆発でもあったかのように地面はえぐれ、畑は新しく植え直すこともできないほどに死んでいた。
僕とビビアンが歩いていると、村の人々が警戒の眼差しで僕を見ていた。イベットバルトスの森から来たのだ。何か害をもたらすやもしれない。そういう視線だった。
「ナタ。できそう?」
ビビアンが心配そうに見つめる。僕は彼女を元気付けるためにニッと笑ってみせた。
「大丈夫! なんとかしてみせるよ」
僕は両手をかざして楽しく過ごしている村の人たちを想像した。皆の幸福と、喜びに満ちた村がまた戻りますように。
そう祈りながら、僕は緑のオーラを解き放った。
***
「ナタ様に万歳! 万歳! ナタ様のおかげで村は救われた! 今宵は盛大に祝おうじゃないか!」
村の男がそう叫ぶと、広場にいた村の住人たちは酒を持って乾杯し始める。村は僕の魔法の力で見事に修復し、3日後には完全に元の村に戻っていた。僕はさらに日照りが続いている村に雨を降らせる。
彼らは僕を神様だと崇め始めた。
年老いた村長が一礼をして僕の手をとる。
「あなたは村の守り神です! どうかこれからもこの村をお守りください」
「僕で良ければ、君たちの助けになるよ」
「なんとお優しい方だ! 皆聞いたか! ナタ様は本日より村の守り神となった。敬意を払うように!」
広間に設置された椅子に座らされ、歓迎の祭りが始まる。ワインが注がれ、食べ物が運ばれ、踊り子たちがダンスを舞う。ビビアンも楽しそうにその光景を見ていた。
踊り子たちが舞う中で、村の人たちが歌を歌い始める。僕は夜空を眺めて、どこかの果てで旅をしているルイスに乾杯した。
「ビビアンも、よくナタ様を連れてきたな! 本当によくやった! お前はこの村の英雄だぞ」
村の男がビビアンを持ち上げる。彼女は嬉しそうに微笑み、村の人々は拍手をしてビビアンを褒め称えた。
ルイス。心配しないでおくれ。僕が魔王である限り、この世界は大丈夫だ。だから早く帰っておいで。そして一緒に祭りを楽しもうよ。君がいない祭りはどこか寂しいんだ。
それから僕は村に何か起きる度に出向き、魔法の力で彼らを助けた。田畑を実らせ、天候を操り、新しい土地の開拓も手伝った。村はみるみると発展していき、10年後には町になりそうなほどに村が拡大していった。
守り神になった今でも、ビビアンは僕のところへ遊びにきてくれる。彼女は15歳に僕は17歳になっていた。ビビアンは見違えるほどに美しい女性に成長し、彼女の微笑む顔を見るとつい顔が赤くなり、胸がときめく。
だが、僕には心配していることがあった。ビビアンにまだ目覚めが起きていない。たまに遅咲きで目覚めが起きることがあると聞いたことがあるがあまりにも遅すぎる。彼女自身、遅咲きを信じているようだが、どこか不安の顔が拭えないでいた。
「大丈夫だよビビアン。きっと目覚めが起こる。だってハズレは何万人に一人の割合だよ? 大丈夫」
「でも、ナタ。明日は私の16歳の誕生日。このまま目覚めが起きなかったら私はきっと蔑ろにされてしまうわ。この村でハズレが起きたことはないもの」
僕は彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫。僕が、絶対にそんなことさせない。僕はルイスと約束したんだ。君を守るって。それに君は村を救った英雄なんだよ。君を蔑ろにするなんて起きやしないさ」
「ナタ……」
ビビアンは僕の胸の中に飛び込んで、背中に手を回した。
「あなたを信じるわ。だってあなたは守り神だもの。私のことも守ってね」
「あぁ。守るよ。何があっても君を守ってみせる」
心臓が大きく音を立てて動揺していたが、僕は彼女を優しく包み込んだ。明日の誕生日に彼女に告白しよう。もし、君が村で蔑ろにされたら僕とここからでて遠くへ行こう。途中でルイスと合流して3人でまた仲良く暮らすんだ。いままでみたいにね。だから大丈夫だよビビアン。
ビビアンが村へ戻り、僕は自分の家に戻ると、リングスとキャデスはチェスをしていた。
「おかえりなさい。ナタ様」
キャデスは何か企んでいるかのようににんまりとした笑顔でこちらを見る。
「何をそんなに楽しそうなの? もうここへ来て10年も経つじゃないか。いい加減自分の棲みかに戻ればいいのに」
「いやいや、あなたが魔王になると言うまでは帰りませんぜ」
キャデスがビショップを動かすと、リングスはうう!と唸った。
「チェックですね……これは」
「勝手にすれば。僕は変わらず村を助けるつもりだよ。それに、僕は将来ビビアンと一緒にこの村を出るつもりだから」
キャデスがまたフフッと不敵に笑う。
「そうですかい。そりゃ幸せな未来設計ですな。チェックメイト」
「うぅ! もう一戦!」
僕は彼らを無視して自室に戻り、ベッドに横たわる。ビビアンのために、明日村に行ってみよう。彼女が蔑ろにされていたら僕が皆にやめるように言うんだ。そして彼女を森に誘って……。
僕は胸に手を置いて、心臓の高鳴りを抑えた。
僕は守り神だ。
きっと僕の話を聞いてくれる。
きっと。
瞼が重くなり、僕は深い眠りに誘われた。