あれから1ヶ月、私達『フルーティーズ』は必死に練習を重ねた。
ルナさんの作ってくれた曲は振り付けに調和された素敵なもので、その曲に3人娘が知恵を絞りながら歌詞をつけた。
「『フルーティーズは泣かない』マジで良いっすわ。私らの共同制作やね。ルナ様も今晩は来てくれるんですよね」
3人娘も詩を書くのは初めてだったようで悪戦苦闘していたが、夢に向かって歯を食いしばり頑張る自分たちの決意表明のような詩を書いてくれた。
「うん、見にくるって言ってたよ」
ルナさんは1曲だけではなく12曲も曲を書いてくれた。
私はそんな彼女を天才だと思うが、彼女は自分には何にも才能がないと謙遜している。
『フルーティーズは泣かない』はその中で一番情熱がこもった1曲だ。
そしてスポーツ番組ばかり見ている私は知らなかったが、『フルーティーズ』は新曲を音楽番組で発表できるレベルには有名なアイドルらしい。
今日はルナさんの作った新曲の初披露の日だ。
曲はインストラメンタルで流して、『フルーティーズ』が歌って踊る。
生放送ということで私は緊張しているが、3人娘はワクワクしているようだった。
この1ヶ月で、私はルナさんの印象が180度変わった。
彼女がラララ製薬に突撃してきた時は、ただ若いだけの思慮浅い子に見えた。
人の都合など考えず、とにかく大暴れしたかっただけの子だと思った。
それは私の勘違いだった。
関わっていくと、彼女はとても上品で控えめなお淑やかな子だった。
そんな彼女をあそこまで追い込んでしまったことに責任を感じた。
あの日より前の1ヶ月は雅紀は私の部屋に入り浸っていた。
だからこそ私は勝手に雅紀は私との結婚を考えていると勘違いしてしまった。
彼女からしたら新婚であり、かつ妊娠中で不安定な時だ。
私との関係に気がつき、どんな気持ちであの日会社に乗り込んできたのか⋯⋯。
ルナさんはマグマのように燃えるような内なる感情を秘めた子だ。
彼女の作った曲を聴いた時魂が揺さぶられ、自然と涙が溢れた。
彼女の表に出さない強い思いと情熱がぶつけられるのが音楽だ。
コンテストとかに出たことがないのかと聞いたら、つい最近までは50キロ太ってて引きこもりがちだったらしい。
でも、どうしても演奏家として皆の前で表現したくて50キロのダイエットに成功したと言っていた。
50キロ痩せたら梨田きらりは影も形もなくなってしまう。
そんな人間1人分もの体重を落としてまで表現したかった熱を秘めているのが柏崎ルナという天才だ。
彼女は輝かしい才能があるのに、恐ろしく自己評価が低い子だった。
私を含めた『フルーティーズ』のメンバーが彼女を天才だと讃えても全く喜んでいなかった。
自分は音大もギリギリで受からせてもらっただろう凡人だとも言っていた。
彼女の生演奏を1度聴いた『フルーティーズ』のメンバーも一瞬で彼女に魅せられた。
私は、ルナさんの才能を広める為にも今日のパフォーマンスを成功させたいと思った。
今晩はこれから地上波の音楽番組に出る。
そこで、『フルーティーズ』の3人娘やルナさんの才能に注目が集まって欲しい。
私は並行して就職活動をしているが、最終面接まで進めてもなかなか内定が貰えなかった。
そもそも副業を禁止している企業が多いので、内定を貰ったら『フルーティーズ』をやめなければならない。
私は、どこかで『フルーティーズ』をやめて就職活動に専念するべきだと思っていた。
ただ、3人娘が頑張り屋で可愛くて、ルナさんとの関わりが消えてしまいそうで気持ちが揺れている。
今日はとても緊張していた。
私がこの可愛らしい子達の中にいて、笑われるのは構わない。
でも、親に番組を見られたら仕事を辞めたことがバレて心配されるのが嫌だった。
定職についてから、仕事を辞めたことと雅紀と別れたことを親には報告するつもりだ。
うちの実家には雅紀を連れて帰ったこともあるし、親は当然私は雅紀と結婚すると思っている。
驚くべきことに雅紀は雅紀の親にルナさんとの結婚話を報告していなかった。
そのため雅紀の親まで私と雅紀が結婚すると思っているらしく、未だうちに雅紀の母親の旅先からのポストカードが届いている。
午前中の練習を終えて、午後は予備校でのバイトだ。
忙しくしていて、就職活動に専念できていないが専念したら就職が決まるのかさえ分からない不安な毎日だ。
「じゃあ、あとは宜しくね。今晩のミュージックタイム見てね。『イケダンズ』が出るからさ。本当に倉橋カイト推しだったら今晩は死んでたわ。黒田蜜柑も今日出演するんだよー」
成田さんは、『イケダンズ』でもどちらかと縁の下の力持ちと呼ばれる地味メンバーのファンらしい。
誠実そうなところが素敵と言っているが、私は地味メン代表ののような雅紀の信じられない裏切りから誠実そうイコール誠実ではないと知っている。
今日は『イケダンズ』も出演するが、『フルーティーズ』も出演する。
私は『フルーティーズ』の3人娘と因縁の黒田蜜柑が出会うのに緊張していた。
「そうなんですか。今日は野球も終盤で何を見るか迷いますよね」
私は今晩はミュージックタイムに生出演する。
しかし、成田さんに三十路の私が中学生アイドルと一緒に出演するとはとても言えない。
私にできるのは彼女が『イケダンズ』だけ見てチャンネルを変えてくれることのみだ。
(流石に、親と身近な人に見られるのは年齢的に痛いし恥ずかしい⋯⋯)
「本当にスポーツが好きなんだね。人は見かけによらないなー。じゃあ、あとは宜しくね」
成田さんが帰ると、私はルナさんのことを考えていた。
彼女はお嬢様でピアノの才能もあって可愛い女の子だ。
誰もが羨むようなものを持っているのに、自分に自信がない
現在お腹には4ヶ月の子がいて両親から堕すように言われても頑なに拒んだらしい。
彼女と離婚した雅紀は渋谷さんにより飛ばされて今、福岡の系列病院にいる。
親にも彼女との結婚も報告しないようないい加減な男のせいで、彼女は一人頑張っている。
「力になりたいな⋯⋯」
「誰の? もしかして俺? そろそろ俺たち付き合おうか」
私が事務所で呟いていると、いつものように林太郎が現れた。
彼はいつも私のシフトを把握して、私とランチをしに現れる。
今日は土曜日だから彼は私服だ。
彼の仕事のない日まで来てくれるのが実は嬉しい。
私は彼に対しては気を遣わなくて良いせいか、楽しい時間を過ごせていた。
私はお腹が空いているせいもあり、彼と会えるのを毎日楽しみにしていた。
「誰と、誰がよ。私、年下は本当に恋愛対象外なんだ。私自身が幼いからかも。あと10年くらいしたら年下の良さがわかるのかな」
「年齢ってそんなに重要?」
いつも友達モードでにこやかな林太郎が真剣な顔をして私の顔を見てきて、つい顔を背けた。