リハーサルを終えて私たちは控え室で作戦会議をした。
今日のトップバッターは売り方を変えた黒田蜜柑だった。
ロリ路線でオタク受けを狙ったアイドルから、女子から憧れられるアイドル路線に変更したようだ。
今日はピアノで弾き語りをするらしい。
今日の『フルーティーズ』はスカートではなくてショートパンツにした。
服は桃香がピンクで、苺が赤、りんごがオレンジで、私が黄色だ。
邪魔にならない程度のフリルを腰につけて、動きが可愛らしく見えるようにした。
買ったっきり、あまり使わなかったミシンが活躍した。
私のような素人が手作りした衣装を喜んで着てくれた3人娘が愛おしい。
動きが激しく髪の毛が邪魔になるかと、3人娘はポニーテールで手作りのフルーツの髪飾りをつけている。
幼稚園のお遊戯会の衣装を作る親の心境で、めいいっぱい彼女たちを可愛くしたつもりだ。
「なんか、うちらとやってた時と蜜柑の売り方が違ったね。ああいうことがやりたかったんだね」
最年少の桃香は落ち込んでいるように見えた。
彼女は最年長で人気もあった蜜柑に懐いていたと友永社長が言っていた。
「私は『フルーティーズ』のボンビー娘と違ってピアノが弾けます。私はお嬢様ですって感じだったね。どうせ私はピアニカしか弾けませんよ。なんか、コネ使って倉橋カイトと話題作りしたりしてズルくね」
りんごは蜜柑に憧れて『フルーティーズ』に加入したと聞いていたが、抜けてしまった彼女に対しては対抗意識がありそうだ。
「使えるもの使っているだけで悪くないっしょ。私らは、新生『フルティーズ』として、蜜柑に勝てば良いっしょ」
苺も蜜柑さんが気になって仕方がないようだ。
「蜜柑さんは、蜜柑さん。私たちは私たちだよ。みんな円陣組むよ!」
私は心が一つになっていない今の状況を憂い、円陣を組むことにした。
3人娘は戸惑いながらも私の元に集まる。
手を重ねて、私は今までの練習について語った。
「桃香、運動が苦手だって言っていたけどよくついて来てくれたね。歌も本当にのびやかで上手くなったと思う」
運動が苦手な分、彼女は人一倍歌を頑張っていた。
元々、彼女は歌がとてもうまかったので今回もリードボーカルをお願いしている。
得意なものを伸ばさせることで、彼女自身も自信をつけてきた。
「梨子姉さん。ありがとうございます」
桃香は自分の頑張りを思い出して、目が潤んでいた。
「苺、あなたのやる気が私達をここまで連れてきてくれたよ。中間テストの勉強も頑張ったね。カイコ・デ・オレイユの入り口に今立っていると思って!」
3人娘はしばしば学校を休むがテストの時は必ず行くようにしていた。
学校のテストなんてどうでも良いという苺に、将来カイコ・デ・オレイユに行きたいなら絶対に英語は必要だし勉強はやっておいた方が良いと伝えた。
すると、彼女は夢のために勉強も頑張りだした。
「梨子姉さん。今日は見せつけてやりましょ! 今からワクワクしてきたっす」
苺の言葉に私はドキッとした。
できれば、親や林太郎、前の職場の人には今日の映像は見られたくない。
「りんご、部活動との両立。本当に頑張ったね。あなたの運動神経を見せつけてやって!」
りんごは高跳びの選手というだけあって運動神経が飛び抜けてよかった。
今日は私が彼女をリフトして、彼女がバク宙をする予定だ。
「梨子姉さん! 梨子姉さんも元オールジャパン代表の実力見せつけてやりましょうね」
りんごが拳を突き出してくるので、私も彼女と拳を合わせた。
「うん! それから、今日は私たちのために曲を作ってくれたルナさんが最前列で観てくれるよ。彼女の曲に恥ずかしくないようなパフォーマンスをしよう」
私言葉に3人娘が頷いた。
私は3人娘が蜜柑さんを気にすることなく、自分たちのパフォーマンスに集中して来たのを感じた。
「『フルーティーズ』いくっぞー! オー!」
みんなで円陣を組んで雄叫びを上げた後、意を決して本番の舞台に立った。
私たちは他の出演者とは異なり、トークの時間もなく本番では最後にちょろっと新曲を発表できるだけだ。
舞台の配置につくと、なぜだかスタッフが慌てたように話しかけてきた。
「すみません、なぜか機材が故障してしまって曲が流せません! CM明け、アカペラでいけませんでしょうか?」
急な要望を受けたが、アカペラでパフォーマンスをする異例の状況に私たちは動揺した。
3人娘が真っ青になっている。
私は大人なんだからしっかりしないといけないが、曲がないと動作と歌を合わせられる気がしない。
アカペラでパフォーマンスなんてしたことがなく私は不安で堪らなくなった。
「曲は、私が弾きます。ピアノがあるじゃないですか!」
観客席の最前列に座っていたルナさんが、立ち上がって大きな声を出す。
隣に彼女に付き添うように来てくれた渋谷さんと目があった。
今日は黒田蜜柑が演奏したので、ステージにピアノがあった。
「彼女、この曲を作曲した子なんです。お願いしても良いですか?」
私が慌てていうと、多分裁量があるおじさんが頷いた。
その頷きに応じて、カメラマンの1人ががピアノの近くに移動したのがみえた。
「ルナ様、生演奏するの? まじ、うちらおまけになるんじゃ⋯⋯」
桃香が私に心配そうに言ってくるが、それは正しい判断だ。
ルナさんが生演奏すると、誰もが彼女に注目してしまうことは分かりきっていた。
彼女は演奏している時、何かが憑依しているように別人に変わる。
よく誰かに届けるために演奏をするというが、ルナさんの演奏は孤高だった。
誰も到達できないような、近づけないものを感じさせる演奏。
きっと彼女が孤独な時間を何時間も過ごし、音楽に向き合っていただろうから出せる独特な雰囲気。
「負けないように、私たちも全力で行くよ!」
私の言葉に3人娘が頷いた。
ピアノを前にして、既に自分の世界に入ってしまったようなルナさんがいる。
彼女が鍵盤に手を置いた瞬間にカメラが思わず彼女を向いたのがわかった。
彼女を知るうちに、彼女は初対面の時に喚き散らしたのが嘘のように対人が苦手な子だと分かった。
このような知らない人が多い場所で、彼女がの精神が不安定にならないかが心配だった。
(安定期って何ヶ月から? 5ヶ月からだった気がするけど、まだ4ヶ月のルナさんの体調が心配⋯⋯)
私はルナさんの体調を心配しつつも、彼女の才能が日の目を見ることを夢見ていた。
渋谷さんの話によると、妊娠しなければ彼女は今頃ウィーンに留学していたらしい。
音楽を本格的にやりたいという純粋な彼女の意思を無視し、自分の目的の為に利用し近づき蹂躙したのが雅紀だ。
雅紀がお金としか考えていなかっただろうルナさんは、本当は世界の宝ともいえる天才だ。
彼女の才能は素人の私や、まだ幼い3人娘でも一瞬で分かるような暴力的な才能だった。
ルナさんがピアノで前奏を弾き始めただけで、空気が一瞬にして変わる。
ルナさんの創り出す空間に皆が取り込まれていくのが分かった。
私と3人娘は思いっきり歌って踊った。