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第19話 何かあったのは、きらりでしょ!

 翌朝、私は玲香からの電話の着信音で目覚めた。


「おはよー。どうしたの? こんな朝早く。なんかあった?」


 時間を見ると、まだ朝の6時だ。


 何かトラブルでもない限りは電話してくるような時間ではない。


「何かあったのは、きらりでしょ!」


 電話の向こうの玲香はかなりヒートアップしている。


「もしかして、昨日の音楽番組を見た? やっぱり玲香には気がつかれたか。若い子の輝きにステルスできてると思ったんだけどな⋯⋯」

 やはり、玲香には昨日の三十路アイドルの私がバレてしまったのだろう。


 できれば誰にも見られたくなかった。


 3人娘は若さが弾けていて、私はどうしても浮いてしまう。


 元々仲間だった蜜柑さんは大人っぽい子だけど、私はリアルな大人で三十路だ。


「あー! もう、それもだけど、御曹司と付き合っているの? 『フルーティーズ』新加入メンバー、年商1兆円企業の御曹司と白昼堂々デートって」


 私は玲香が何を言っているのか全く分からなかった。


 雄也さんは病院の院長だけど、世間では御曹司と呼ぶのだろうか?

(いやいや、私たちまだデートと呼べるものもしてないし、付き合ってもないから)

 そもそも、年商1兆円なんて天文学的な数値もおかしい。


「1兆円の単位は本当に円だった? ピリカとかじゃなかった?」

「全く朝から何をボケてるの! ピリカなんて単位はないからね。まあ、私はきらりが立ち直って新しい恋をしてくれてるなら嬉しいけどね」

 玲香が笑ってくれてホッとする。

 しかし、私は自分がニュースになるのは嫌だった。


 良い年をしてショートパンツでアイドルをしていることが前の職場の人にバレては嫌だ。

 何よりもアイドルをしたことがバレたら、親に副業禁止のラララ製薬をやめたことが露見してしまう。


 大手であるラララ製薬に就職難の時に合格した親の喜びを思い出すとがっかりされるだろう。

 何よりも当然結婚するだろうと思われていた雅紀と手痛い別れをしていることも話さなくてはならない。


 私はなんとなくテレビをつけてみた。


 すると、なぜだか林太郎が会見をしていた。

(外回りの営業なのかと思っていたけど、広報担当だったのか⋯⋯)


「この度、我々ファインドラッグホールディングズは海外向けのに店舗展開をします。新会社ファインドラッグインターナショナルの社長に本日就任いたしました為末林太郎です」


 私は耳を疑うようなテレビから聞こえてくる林太郎の言葉に驚いてしまった。


「ねえ、玲香。最近できた友達が社長に就任したっぽい」

「きらり、為末林太郎と付き合っているでしょ? 何か、仲良さそうに野球デートしてたって」

「確かに林太郎と野球は一緒に観に行ったけれど、デートじゃないよ!」

 私は、思わずスマホで「為末林太郎 野球 デート」で検索した。

 すると、昨日の私と林太郎の写真や動画が沢山出てきた。


 私の頭を撫でている林太郎と私の距離感は周囲から見ると恋人同士に見えてしまいそうだ。

 林太郎も私も顔が近いし、お互い向き合って楽しそうに笑っている。


 バックネット裏はバッティングが見やすくて、楽しい時間を過ごせたが目立つ場所過ぎた。

 林太郎はただのイケメンではなく、メディアに晒される知名度のある男とは知らなかった。


「というか、なんで私一般人なのに顔ぼかしてもらえてないの?」

 ぼかしでも黒潰しでもモザイクでも良いから、私の顔を隠して欲しい。


「『フルーティーズ』のメンバーで芸能人だからでしょ。しっかりと『バシルーラ』のホームページでも紹介されてるよ。通称、梨子で!」

 私はこの時になって初めて自分がアイドルとして正式にデビューしていたと自覚した。

(え、でも、アイドルって恋愛禁止なんじゃ。交際疑惑のニュースなんて出たら、3人娘に迷惑がかかっちゃう)


「玲香、教えてくれてありがとう。アイドルのことも報告もしないで驚かせてごめんね。でも、林太郎とは本当に何でもないから」

「そうなの? 勿体無い。バハムート大学ビジネススクール帰りのイケメン御曹司だよ。雅紀くんより全然良いじゃん」


「本当に何でもないし、これからもどうなるとかもないよ。5歳も年下だし、向こうも定職もついてない三十路と付き合う程、相手に困ってないでしょ」


 それにしても、林太郎を親しみやすさからイケメン版の雅紀だと思っていたのは私の勘違いだった。

 ハイスペ、イケメン、リッチ版の雅紀だったようだ。


 林太郎だって私と噂になるなんて、百害にあって一理なしだろう。

 私のせいで良いところのお家のお嬢さんとのお見合い話が来なくなったら大変だ。


「それよりも、作曲家のLUNAって、うちの会社で大暴れした子だよね。今、タッグを組んでる感じになってるの?」


「ルナさんは、私と同じで雅紀の被害者だよ。あの時は興奮状態だったけれど、本当はお淑やかで才能もあって素敵な子なんだ。どうしよう、1ヶ月前のラララ製薬での騒ぎも話題になっちゃうかな⋯⋯」


 私はラララ製薬での1件について、今はルナさんを恨む気持ちも全くなく寧ろ申し訳なさを感じていた。

 私が雅紀が結婚していることに気がついていれば、彼女をあそこまで追い込むこともなかったと思っている。


「そうだね。ちょっと対策とった方が良いかも。会社の方は私がなんとかするから、きらりはアイドル活動頑張ってね! なんか、昨日きらりが踊ってる姿、本当にキラキラしてて惚れ直したよ」

「ありがとう⋯⋯自分では録画はしたけど怖くて見てないんだけどね」


 音楽番組の録画はしたが、明らかに可愛い中学生に混じって踊る自分は浮いているだろうと思って怖くて見ていない。

 しかし、パフォーマンスの出来を確認する意味でも見といた方が良いだろう。


 私は玲香からの電話を切って自分の情けなさに落ち込んだ。


 3人娘が1ヶ月もの間、必死にダンスや歌に取り組みルナさんの稀有な才能のお陰で『フルーティーズ』は軌道に乗りそうだった。


 それなのに、最年長の私が色恋沙汰で今、迷惑をかけようとしている。


 私は、林太郎に電話をしようと思って、ボタンを押してやはり朝早すぎると思って切った。

 すると、すぐに林太郎から折り返しの電話が来た。


「おはよ。きらり、ワンギリするなよー」


 電話先の彼は笑っているけれど、今、私は笑える気分ではない。


「林太郎って御曹司だったんだね。何で、ファーストフードとか食べてたの? ロブスターやうにとか食べなよ。御曹司っぽくないよ」


 私は彼が御曹司だと知っていたら、畏まってしまって仲良くははなれなかったとは思う。

 若い彼に社会人としての心得を説いたり、偉そうにしていたが彼は世界のトップ大学でビジネスを学んだ人だった⋯⋯。


 彼とのやり取りを思い出せば思い出す程、恥ずかしい。


「ロブスターとか、うにがきらりは好きなの? じゃあ、今度一緒に食べに行こうよ」

朝から元気に笑って返してくる彼は、ことの重大さを理解しているのだろうか。


「うに丼は確かに好きだけど、ロブスターは食べたことがない。そうじゃなくて、もう林太郎とは会えないに決まってるでしょ。私はアイドルなんだよ」


 私はとても恥ずかしいが、彼に訴えた。

 私は三十路だが、アイドルだ。


 当然、ファンのみんなが恋人で特定の人と疑われるようなことをしてはいけない。



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