「何で、そうなるの? そもそも、きらりは『フルーティーズ』のプロデュースをしているだけだったんじゃないの?」
林太郎の声色から少し怒っているのが分かった。
私は三十路だけど中学生とアイドルやっていると言えば良かったんだろうか。
私はパフォーマンスのクオリティー向上のために限定的に『フルーティーズ』に入っている認識でいた。
やはり、チアリーディングの経験者である私がいた方が良いし、ダンスレッスン料が掛からないから経済的負担を3人娘に掛けずに済む。
「そうなんだけど、期間限定でアイドルをやることになったんだよ。期間限定でも他の子に迷惑をかける訳にはいかないから、交際疑惑が出ちゃった林太郎とはもう会えない。林太郎こそ、どうして御曹司だって黙ってたの?」
林太郎がただの話しやすいイケメンではなく、日本を代表する企業の御曹司だとは知らなかった。
彼が新会社の社長就任挨拶で会見を開かなければ大事にはならなかった。
今回のことは9割は私の責任だが、身分を隠していた林太郎にも少し悪いところがあると思う。
「それは、きらりがアンチ御曹司だったからだよ。俺はきらりのことが好きだから言えなかったの!」
まるで愛の告白のようなことを彼に言われて私は戸惑った。
(アンチ御曹司なんて、いつ言ったっけ⋯⋯)
「あのね、林太郎。私は14年以上も付き合ってた男に捨てられ、仕事もなくしたボロ雑巾のような三十路だよ。輝かしい未来があるのに、女の趣味が悪いだけで人生が暗転することもあるから。もう、私のことは忘れて!」
「そんなの元彼の見る目がなかっただけだろ。俺は色んな女を見てきた上で、きらりを最高の女だと思って好きになったから」
唐突に林太郎に女性経験が結構あることを仄めかされビビってしまう。
私は雅紀しか知らないけれど、林太郎は恋愛玄人だった。
ますます、彼と関わると傷ついたりしそうで怖くなってくる。
「どちらにしろ、私、年下って男として見られないの。それに今、気になる人がいるから」
「本当かな? もう、当分、恋愛はしないんじゃなかったの? 別にきらりに本当に気になる人がいたとしても、俺は自分に振り向かせる自信がある。年齢なんて数字でしかないと思ってるし」
何だか話せば話す程、林太郎の正体は今まで会ったことのない程の自信家だと思った。
そして、きっと彼がしてきた数多のお付き合いの中で年上のお姉さんとも付き合ったことがあるのだろう。
まだ25歳の彼が年齢なんて数字でしかないと言っている。
私が高校生の時にランドセルを背負っていた年齢の子だ。
「とにかく、もう私は林太郎と会う気はないから。もう、電話切るね。新会社の社長就任おめでとう! 仕事頑張ってね」
本当はせっかく仲良くなったし、友達としての関係は続けたい。
しかし、彼が私に恋人としての関係を求めているならこの関係は切るべきだ。
それに、私には『フルーティーズ』のアイドル活動への責任もある。
「会うとか、会わないとか決めるのはきらりじゃなくて、俺だから」
怒ったような声色で林太郎に言われて、私は困ってしまい電話を切った。
♢♢♢
私はとにかく今回の騒動について謝罪と対策をしようと事務所に向かった。
「素晴らしいわ。私が嗅いでいたのは、梨子からする1兆円の覇王臭だったのね。今ものすごく話題になってるわよ」
友永社長はウキウキだった。
私は社長から叱責されて、謝罪する予定だったから肩透かしをくらった。
「私、アイドルなのに恋愛報道が出たりして大丈夫なんですか? 『フルーティーズ』に迷惑が掛かったりしませんか? 坊主にしたりした方が良かったりします?」
「髪型は絶対に変えちゃダメ! 梨子はショートが一番似合うんだから。坊主にするのは尼さん役の女優のオファーが来た時くらいよ。もう、迷惑どころか注目されて今が『フルーティーズ』の売り時よ」
友永社長は本当に怒ってないようだった。
「私、為末林太郎さんとは付き合っていませんし、今後も彼と恋人同士になる予定はありません」
私は「彼とは恋人じゃない」と会見を開くほどの有名人ではないし、林太郎も一応一般人だ。
だから、大衆の誤解をとくにも機会がない。
しかし、真実を友永社長には伝えておいた方が良いだろう。
「恋人だろうと、そうでなかろうと話題になれば良いのよ。『フルーティーズ』の新メンバーは1兆円の男に惚れられる価値のある女だと皆が思えば注目されるでしょ。黒田蜜柑が倉橋カイトとの関係を匂わせ続けているのと同じ」
友永社長の言葉に私は気分が悪くなった。
つまり、誰が見ても価値あるスペックを持った林太郎を利用して、価値のない私をさも価値あるものに見せるということだ。
そんなことをしたら、必死に歌とダンスを頑張った3人娘や、曲を提供してくれたルナさんに対して恥ずかしくて顔向けができない。
「『フルーティーズ』の子達はそんな注目のされ方は望んでないと思います!」
「そうかしら? この世界はどんな手段を使っても目立ったもの勝ちよ。アンチから叩かれようと、名前を出してくれて感謝するくらいじゃないと」
「私、もしかして今、叩かれてますか?」
私は愛人顔の三十路がアイドルなどと名乗り、イケメン御曹司を誑かしているくらいの批判は覚悟していた。
「ほとんど好意的意見が並んでるわよ。梨子は男子受けより女子受けするルックスだしね。叩かれるよりも、年下ハイスペ男をゲットした女として憧れられているわよ。だからこの状態をキープして。たまに、ルナさんとここに来る渋谷雄也ドクターとは距離をとりなさい。流石に二股と見做されると風向きも変わってくると思うから」
友永社長の言葉に、私は今回のネットニュースを雄也さんがどう思っているのか心配になった。
サイレントモードにしているスマホの画面を見ると、雄也さんや親からのメッセージが来てるのが分かった。
親からのメッセージより、今は雄也さんのメッセージを見るのが怖い。
昨日、あんなに思わせぶりなことを言ってしまった後、こんな報道が出て彼はどう思っただろう。
「私が今、気になっているのは渋谷雄也さん何ですが⋯⋯」
雅紀からあれ程の裏切りを受けながら、もう一度恋をしようという気になったのは雄也さんの存在が大きい。
『フルーティーズ』の活動や就職活動で落ち込んでいる暇がなかったことも、絶望の淵にいる私にとっては助かった。
それ以上に毎日のように彼とエンカウンターして、優しい言葉を掛けて貰ったことで私の傷は急速に癒えていた。
「梨子! 矛盾しているわよ。あなたさっき、アイドルなんだから恋愛報道は出ないようにすべきって自分で言ったじゃない。だから、気になる彼のことは諦めなさい。それで話題性もあって好意的に受け止められている1兆円男の方は利用するの」
社長の言う通り私は自分の矛盾に気がついた。
アイドルだから恋愛はすべきではない。
それ以前に私は14年以上付き合った男に捨てられ、もう恋はしないと決めていた。
あれほど絶望したのに、たった1ヶ月でまた恋をし始めていた。
(たった、1ヶ月で芽生えたものなんて、すぐ忘れられるわね)
「友永社長! 渋谷雄也さんとも、為末林太郎さんとも私はもう会いません。それと、私の中で『フルーティーズ』としての活動は期間限定です。3人娘が自信を持ってパフォーマンスができるようになったら私は卒業します」
今の振り付けは私ありきで考えてあるものなので、私が抜けるのは難しい。
本格曲芸風パフォーマンスが話題になったが、方向性を変えた方が良いかもしれない。
3人とも運動神経は悪い方ではないが、今のパフォーマンスを続けるには体が未発達過ぎる。
「卒業できるかしら? あなたは、きっとこの仕事に夢中になると思うわよ」
友永社長の言葉に私は頭だけ下げて社長室を出た。
社長室を出たところで、私は今誰よりも話がしたくて会うのが後めたい人と会った。
「ルナさん、どうしてここに」
「梨子さんと話をしに来ました」
ルナさんは私と雄也さんの仲を明らかに応援してくれていた。
1ヶ月前に大失恋をしたのに、もう新しい恋を始めてるのを彼女にみられるのが気恥ずかしく思うこともあった。
私は、自分と同じように失恋した彼女が自分の夢と子供のために頑張っているのが眩しかった。