「15歳でそんなこと言うなんて、何かすごいね。中学生とかだよね⋯⋯」
明らかに、きらりの表情がひいている。
実際、送別パーティーではそのようなことを言ったかもしれない。
でも、本当は日本だと浮こぼれになってしまって苦しくて渡米しただけだ。
「当時、大学5年生だった僕も凄い子がいるなって思いました」
渋谷さんの発言に明らかに作為的なものを感じた。
このやり取りだけで、彼女に俺との年の差を再認識させ俺を遊び人認定させることができる。
「私はその時は大学2年生か⋯⋯」
きらりが、徐にヨガマットに乗っているクマのぬいぐるみを見た。
クマのぬいぐるみにはハイブランドのネックレスがかかっている。
明らかにこの部屋にある、どの家具よりも高いネックレスはおそらく貰い物だ。
「今日もクマさんは可愛いですね」
渋谷さんの言葉に俺は直感で、彼がクマにネックレスをかけてプレゼントしたと理解した。
(キザなやつ!)
「ねえ、きらり。このクマの腹わたとっても良い?」
俺はクマのぬいぐるみに盗聴器が仕掛けられていると踏んだ。
(渋谷さんは盗聴した音声を聞いて、この部屋に駆けつけたんだ!)
「え、ちょっとやめて! これは、元彼が初めてくれたプレゼントなの」
きらりが慌ててクマを自分の方に抱き寄せる。
その時、渋谷さんが俺にしか聞こえないように耳元で囁いてきた。
「ネックレスは君の予想通り、僕が彼女にあげたものですよ」
(こいつ! 俺の思惑に気がついてる!)
「きらり、とにかくクマは俺が燃やしといてやるから貸して」
盗聴器疑惑はなくなったが、14年も続いた元彼のプレゼントを持っているのは絶対に良くない。
「ぬいぐるみってなかなか捨てられないですよね」
ぬいぐるみを取り上げようとする俺の手を制して、渋谷さんが優しく彼女に語りかける。
彼は自分のあげたプレゼントを、元彼のプレゼントの首にかけられ嫌ではないのだろうか。
「はい、この子には罪はないですから。雄也さんのプレゼントもなかなかつけられなくてすみません」
「気にしないでください。このネックレスを見たら、僕のプロポーズを思い出してくれると嬉しいです」
俺は2人のやり取りに驚愕した。
渋谷さんは俺の前で彼氏ヅラをしていないと言うことは、2人はまだ付き合っていない。
それなのに、彼は彼女にプロポーズしたらしい。
そもそも、俺の中で付き合っていないのに手元に残るプレゼントを贈ると言う感覚がない。
「プロポーズって、付き合ってもないですよね。あの断っておきますけど、俺、きらりが好きなんです。渋谷さんに譲る気はありません」
色々と突っ込みたいところはあるが、俺はまず彼に宣誓布告をすることにした。
「僕もきらりさんが好きです。結婚したいと考えています」
「俺もきらりと結婚したいと思っている!」
付き合ってもないのに、結婚したいなんて言って良いのか分からなかった。
でも、今、明確に俺にはきらりしかいないって思える。
こんな素敵で、波長も合う女の子はこれから現れないだろう。
「いや、そんなこと思ってないでしょ。林太郎は勢いで何を言ってるのよ」
彼女は俺のプロポーズを冗談だと受け取っているみたいだった。
「俺、本気だから。いつ、渋谷さんはきらりにプロポーズしたんですか?」
彼女は1ヶ月前に失恋したと言っていたばかりだ。
「実は、1ヶ月前、歌ってる彼女に一目惚れしたんです」
軽い感じで俺の質問に答えてくる渋谷さんに苛立つ。
きらりのような超美人は一目惚れなんて散々されてきたはずだ。
そして、一目惚れ程、勝手に幻滅される一方で信用できないと分かっているだろう。
(なぜなら、同じく超美しい俺がそうだからだ!)
「はあ、あんな姿見せてしまって恥ずかしいです⋯⋯」
きらりは何故か顔を赤くして、手で顔を仰いでいた。
「昨日のアイドル姿もすごく可愛かったです」
渋谷さんが重ねて彼女を照れさせている。
俺の中で彼女はかっこいいイメージだ。
しかし、彼のプレゼントのネックレスのセンスからも彼から見た彼女は可愛い印象のようだ。
(確かに照れてる姿は可愛いけど、何か面白くない)
「俺はきらりがアイドルやってるのは心配かな」
正直、母親が芸能界出身だから、あの業界が自己愛の塊のような連中の集まりだと分かっている。
きらりは全く違うタイプで、芸能界の水が合うとは思えない。
何よりも、彼女に惚れる人間がこれ以上増えるのも嫌だ。
「定職つくまでの限定アイドルだよ。私、14時から面接なんだけど、しばし、向こうを向いて食事してくれると助かります」
きらりは今動きやすい私服を着ているが、スーツに着替えるようだった。
それにしても、この部屋は1ルームだとしても脱衣所はないのだろうか。
周りを見渡すと、明らかにトイレの扉と浴室の扉しかない。
(この間取り、欠陥じゃないか?)
俺はふときらりに言われた方向を見ると、明らかに鏡越しに着替え姿が見える仕様になっていた。
「ちょっと待って、もう俺と渋谷さんは部屋出るから、その後着替えた方が良いかと」
目の前の渋谷さんを見ると、もう食べ終わっていた。
「ご馳走様でした。きらりさん、お料理お上手ですね。片付けは任せてください」
「いえいえ、申し訳ないです」
「一人暮らし歴が長いので、任せてください」
2人がまたほんわかしたやり取りをし始めて俺は焦った。
よく見るときらりが真っ先に食べ終わっている。
(流石、体育会系!)
「俺も片付けます。さっさと片付けて出ますよ、渋谷さん」
俺は渋谷さんが俺だけを追い出した後、彼女と2人きりになるつもりかと思い急いで皿を持ってキッチンに行った。
(あれ? ビルトインの食器洗浄乾燥機がない⋯⋯)
この場合は、洗ったお皿はどうやって乾燥させるのだろうか。
「俺、皿洗います」
自分のわかる方をやろうと洗った皿を渋谷さんに渡すと、徐に彼は布巾で皿を拭き出した。
「林太郎君、もうちょっとしっかり洗いましょうか。予洗いとは違いますよ。ポジションチェンジです」
渋谷さんに言われ、布巾係にされてしまった。
(ポジション的にアシスト側だ! 面目丸潰れじゃないか)
「それにしても、渋谷さんはオペが立て込んでたりはしないんですか?」
「僕は精神科医なので」
「林太郎君は今日から本格的に社長業ですね。頑張ってください」
俺は彼の言葉に頷くとひたすらに皿を拭いた。
彼は俺を子供扱いすることで、きらりから遠ざけようとしている気がする。
(精神科医だからか⋯⋯何か、心の内も読まれていそうな感じが⋯⋯)
そして、きらりも明らかに彼に惹かれていて2人を引き離さないと危険だと感じた。
これまでルックスでモテてきたが、自分から人に言い寄ることはなかったから上手くできていない。
今の所、明らかに渋谷雄也に分がある。
おそらく、3人一緒の場面では心理戦で俺が彼に勝てていない。
やり方を考えていかないと、あっという間に彼女を取られてしまいそうだ。
「2人ともありがとうございます! 梨田きらり、お風呂で着替えてきました」
きらりがスーツ姿になって現れた。
俺はその彼女の能天気な姿に心配になった。
彼女では渋谷さんの腹黒さにも気がつけないし、芸能界でやっていくにはあまりにピュアだ。
そして、顔が晒されているのに、こんなセキュリティーの甘い部屋に住んでいるなんて危険過ぎる。
俺は、密かに『きらり引っ越し計画』を企んだ。
計画を口に出すと、隣にいる策士の渋谷さんに潰されそうなので黙っていた。