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第25話 きらりさんは君のこと男として見てないと思うけど。(林太郎視点)

「きらり! じゃあ、またな。面接頑張って」

「きらりさん。僕と結婚して僕の奥さんの仕事をする手もありますよ」


 きらりが面接して仕事につきたいと言っているのに、永久就職を薦めるなんて悪手だ。

 俺は渋谷さんが失言をしたことにほくそ笑んだ。


 しかし、俺の予想に反してきらりは渋谷雄也の言葉に半王して頬を染めている。


 それどころか俺の方を全く見ていない。

 彼女の目には渋谷雄也しか映っていなかった。


 いつも俺が現れると男も女もみんな俺を見た。

 目の前にいるのに存在を無視されるなんて初めてだ。

 そして、きらりは故意にそうしているではない。

 彼女は男女関係において割と周りが見えなくなるタイプ。


「雄也さん、しばらくは会えません。今は就職活動を頑張るのもそうですが、『フルーティーズ』の子達の夢を叶えることに全力を注ぎたいと思います。彼女たちを武道館に連れて行きたいんです」

「僕はいくらでも待ちますよ」

「本当に甘えたくなってしまうのでやめてください」


 俺は想像以上に、きらりの気持ちが渋谷さんに傾いていて焦った。

(何? 甘えたくなったら結婚するってこと? きらりは渋谷雄也に内定を出してるのかよ)


 思えば、きらりのバイトする予備校に行ったのは内定を出した子が国試に落ちていたからだった。

 薬剤師として採用したにも関わらず、国試に落ちて薬剤師になれない。

 そんな愚かな人間を採用した人事担当者を左遷してやろうと思った。


 人材とは企業の要。

 人を見抜く目がない人間が人事にいては企業にとってマイナスだ。

 案の定、国試に落ちた子は恋愛に夢中なしょうもない子だった。


 受かるべき試験に落ちたのに、やるべきことはできない彼女を批判するときらりに怒られた。


 恋する気持ちばかりは制御できるものではないと彼女は言った。

 彼女は俺が思っているよりも恋愛体質の女なのかもしれない。


 きらりの部屋を出て渋谷さんと2人きりになる。

 渋谷さんが口元に称えていた笑みも消えた。


「俺はきらりのこと本気なんで、譲る気はないですよ」


「譲るも譲らないも、きらりさんは君のこと男として見てないと思うけど」


 渋谷さんは余裕の表情だ。

俺は今日まで彼を大人の余裕がある温和な優しい人だと思っていた。

真面目で無害。

彼はそんな単純な男ではなさそうだ。


彼はかなり抜け目のない男。

現段階で、彼女の恋人にもなっていないのに俺に白旗を振らせようとしている。


今の段階で立場を逆転するなど容易いこと。

彼を油断させる為にも焦ったふりをした方が良いだろう。



「待ってください。渋谷さんがきらりに会ったのはいつですか? いつプロポーズしたんですか?」

 俺の余裕のない態度を見て渋谷さんはニヤリと笑った。

 忙しい男だから、俺と争わず時短で彼女を手に入れられると思ったのだろう。


 1ヶ月前にきらりは大失恋をしたと言っていた。


 俺もその時期に彼女に会って、全力でアピールしてきた。

 それなのに、俺は現時点で渋谷雄也に負けている。

 この屈辱は絶対に晴らす。


 初めて人を好きになった。

 「初恋は叶わない」というが、それは俺には当てはまらない。

 俺はどんな手を使っても、きらりを手に入れやろうと企みを巡らしていた。


「会ったのは彼女の誕生日の9月9日かな。翌日にはプロポーズしたよ。運命だと思ったから」

 渋谷さんはそう言い残すと彼を待っていたタクシーに乗り込んだ。


 俺がきらりと会ったのは9月10日だ。

 ほとんど変わらない時に出会って、毎日のようにアピールしていたのに完全敗北している。


 きらりは年下は恋愛対象外と言っていた。

 確かに俺は彼女より年下だが、それなら「年下なのに頼れる」ところを見せれば良いだけ。


 まずは彼女の全ての時間をコントロールできるようにする。

 『フルーティーズ』を会社のイメージキャラクターにしてしまえば良い。


 芸能界初心者の彼女は俺を頼ってくるだろう。

 そこで、彼女にシゴデキな俺をアピールする。

 彼女の今のマンションのセキュリティーにケチをつけ、彼女を俺の隣の部屋に引っ越しさせる。

 そうすれば、公私共に彼女の時間をコントロールできる。


 そこまでの段階が来たら、次のステップに進めば良い。

 囲い込んでしまえば、その後はうまくいくだろう。



 俺はきらりとの結婚までのプロットをしっかりと組んだ。

 渋谷雄也に勝てる見込みができた。

 俺は意気揚々とマンションの前に待たせていた送迎車に乗り込んだ。


「会議で緊急議題を提言する予定だから急いでくれ」

 運転手が俺の言葉に頷き、車を発進させる。


 俺は初めて味合わされた敗北感と共に、きらりに思いを馳せていた。


 とても危なっかしくて、単純過ぎる彼女は芸能界じゃやってけないだろう。

 一刻も早く彼女にアイドルを辞めさせて、俺の女にしたい。


 男として見られていないなら、これから男として心底惚れさせればいいだけの話だ。


 俺だって彼女のことを運命だと思っている。

 俺の全ての力を使って彼女の心を掴んでやる。





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