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第10章 結婚にクーリングオフはない!

第93話 結婚したんだから、新婚旅行だろ。

「おはよう。きらり」

愛する夫のキスで目覚めた私、為末きらり31歳。

(私、既婚者になったんだ⋯⋯)

「おはよう。林太郎」


「なんか、安心したよ」

「何が?」

「俺たち結局、体の相性も確かめないまま勢いで結婚したけどバッチリだったな」

「う、うん」

 キラキラした瞳で言われて、照れてしまう。

(それにしても、勢い??)

 言葉の揚げ足をとるような真似はしたくないが、引っ掛かる言葉だ。


「ご飯作ってくるから、少しゆっくりしてて」

頬に軽くキスして部屋を出ていく林太郎。

 私はそういえば林太郎の言葉選びは前から気になってたことを思い出した。もしかしたら、学生時代を日本で過ごしてないから仕方がないのかもしれない。暫くベッドでゴロゴロして、大好きな人と居られる幸せを噛み締める。


「きらり、出来たよー」


「わぁ、美味しそう」


 ご飯に、お味噌汁、お魚、煮物に茶碗蒸しまである。

(茶碗蒸しって作れたんだ)

 テーブルには私と林太郎の分の食事。結婚した実感が湧いてくる。


「林太郎、和食も作れるんだね」

「勿論、今日から新婚旅行に行くからちゃんとした和食食べておきたいなと思って」

「えっ? 新婚旅行?」

「結婚したんだから、新婚旅行だろ」


 当たり前のように林太郎は言うが、私は両親への挨拶が先な気がする。


「林太郎のご両親に挨拶に行こうよ。うちの両親にもあって欲しいな」

「きらりの実家ってどこなの?」

「横浜だよ」

 私の言葉に何故か林太郎が吹き出す。

「受ける。横浜に住んでる人って神奈川じゃなくて本当に横浜出身っていうんだな」

 私は実家のある出身地を伝えただけなのに、なぜ笑われているのだろう。


「でも、世田谷区に住んでいる人も世田谷出身って言うよね?」


「言わねーよ。うち世田谷だけど東京出身っていうに決まってるだろ。きらりも海外では東京出身って言いな。神奈川じゃ通じないよ。ましてや横浜って、ぷぷっ」


「なんか、馬鹿にしてる?」


「馬鹿にしてないよ。きらりって直ぐ怒って子供っぽいよな」


 この忙しい半年間、私はストレス過多だった。脳が正常に働いておらず、近くにいた林太郎を頼りにしていた。私は彼の仕事ぶりを尊敬し、その感情は恋愛感情に変わっていった。

 昨日までは気になってなかった林太郎の感性の違いと上から目線が気になる。アイドルで人目に晒されるストレスから解放された事で頭がクリアーになると、結婚を早まった気さえしてきた。


「子供じゃないって知ってるくせに」

 私が挑戦的な視線を送ると、彼は頬を染める。

「食べ終わったら、もう一回イチャイチャしてから空港行くか」

「だから、先に親に挨拶でしょ。なんで空港?!」

「横浜なんていつでも行けるじゃん。うちは別に挨拶いらないし」

 林太郎が自由人過ぎて怖い。為末家は放置主義なのだろうか。


「新婚旅行の前に結婚式じゃないの?」

「結婚式やりたいの? なんか海外ウェディングやりたかったような事言ってたね」

「林太郎はファインドラッググループの後継者だよね。日本で関係会社の人とか呼んで披露宴しないといけないんじゃないの?」

「別に必要ないよ。うちの親はやれって言うかもしれないけど、突っぱねればよいし」

 私は頭を抱えた。結婚は家同士の契約だと思っている私の考えが古い訳ではない。林太郎が家族に気を遣わない超自由人なだけだ。



(かくなる上は!)

「私のウェディングドレス姿見たくないの?」

「昨日見た」

 私は昨日の卒業コンサートでウェディングドレスを着た事を思い出した。


「とにかく、新婚旅行行かない? 俺は新婚旅行行ってきらりを落とした達成感を、味わいたいの!」

 小首を傾げて可愛くおねだりしてくる、5歳年下の夫。いつからか、彼は年下の武器も上手に使うようになっていた、しかも、私は自然の流れで彼に恋した気でいたが、落とされた事になっている。


 私は思わずスマホで検索し始めた。


『結婚 クーリングオフ』


 過度のストレス状態で正常な判断ができず出してしまった婚姻届。多分、早まった。既に離婚理由第一位のパートナーとの性格の不一致を感じている。


「どこ行くか決められた?」

 林太郎の質問にビクついてしまう。彼は私が新婚旅行先を調べてると思ったようだ。


「バリ島とか?」

「ぷっ、昔流行ったよね。今でも行きたい人とかいるんだ」

 林太郎がまた笑っている。昨日までは彼に抱きしめられたいと思っていたが、今は殴りたい、


「海外じゃなくて、熱海で良いよ。3人娘を置いて海外に行くのは心配」

「あの子達はもう自立しなきゃだろ。それにしても、熱海ってそれ半世紀以上前の流行だろう」

 林太郎が再び受けている。今日の彼は朝から上機嫌。それが愛する妻とあるからではなく、私を落とすゲームを攻略した空のように見えるのは気のせいだと信じたい。


「飛行機の予約とったりしなきゃだし、流石に今日は行けないでしょ」

 自分で言いながらアメリカ旅行の時は彼の気まぐれな行き先に移動してたのを思い出す。


「新婚旅行なんだから、プライベートジェットで移動するに決まってるだろ」

(決まってねーよ)

 結婚初日から険悪になりたくなくて、心の中で悪態をつく。


「はい。食べ終わったね。じゃあ、イチャイチャしたら新婚旅行だ!」

 林太郎は私を横抱きにすると、寝室に連れて行った、


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