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第94話 夜は結婚式あげるよ。


 私は今、人生初のプライベートジェットに乗っている。この一週間は3人娘の仕事はないし、桃香がフランスに出発するのは来月。


 それでも、林太郎のご両親への挨拶もせず結婚をし新婚旅行にまで来てしまった。


 ふかふかのフルフラットになるシート。機内に何故かあるソファーと自由に飲み物を飲めるバー。この機体も個人の持ち物。世の中にはこんな生活をしてる人がいたのかと改めて思う。


「どこ行くの?」

「バリ島に行きたいって言ってたよね。幸せ過ぎて自分の言った事忘れちゃった?」

「そうだね。忘れちゃったかも⋯⋯」

 適当に言った言葉だったので、忘れてしまっただけ。彼は終始楽しそうに笑っている。その笑顔を見てると、不安になってないで流されて楽しんでしまった方が良い気がしてきた。


「バリ島にも家があるの?」

「新婚旅行だからホテルに泊まるに決まってるじゃん。リッツカルトンにしたよ。パターゴルフ、テニスと卓球もできるし、プールもある。きらりスポーツ好きだから良かったね」

「ありがとう。私の事考えてくれてたんだね」

 私は彼が自分の意見を通すばかりでなく、私に楽しんで欲しいと思って気を遣ってくれていた事に気付いた。

 昨日まで、フル稼働で働き今運動したいかと言われると微妙。そして、新婚旅行とは運動をしまくるものではないはずだ。


「カップルエステとか行きたい!」

「了解! じゃあ、予約しておくね」

 私は贅沢になってたのかもしれない。生まれ育った環境と持って生まれた性格が全く私とは違う男。でも、私を好きになってくれて大切にしてくれる人だ。私の要望を伝えつつ歩み寄って行ければ良い。


 バリ島に到着して、リッツカルトンまでの車窓の風景にワクワクする。雑誌で見るバリ島はリゾートホテルの画像ばかりでラグジュアリーだが、車窓には雑草が生えっぱなしの自然な風景がある。日本の田舎とはまた違ったエキゾチックな風景だ。


「私、東南アジアって初めて」

「嘘! シンガポールにも行った事ないの? 珍しいね」

 ふと、雄也さんなら、私の初めてに立ち会えて嬉しいと言っただろうと切ない気持ちになった。マリッジブルーならぬ新婚ブルーになっているのかもしれない。


 リッツカルトンに到着すると、ヴィラまではカートで案内された。

 2階建てのヴィラに到着すると、ベッドの上に花びらでハートマークが作ってあり気持ちが盛り上がってくる。

「新婚旅行って感じだね」

「喜んで貰えて良かった」


 バスタブにも花びらが浮いていて、本当に頭で描いていた新婚旅行のイメージにピッタリだ。

「一緒に入ろうね」

「うっ、うん」

 私はついこの間まで、私を友達として距離を置いていた彼が急に夫になり緊張していた。急激に甘々なムードを作られて焦ってしまう。


 窓から見ると、外にはプライベートのガゼボとプールまである。

「周りが木で目隠しされてるから、あそこでもイチャイチャできそう」

 突然、バッグハグされて耳元で囁かれた言葉にビクついてしまう。目隠しされても、外では無理。やはり、林太郎は怖い。


「じゃあ、まず、これからどうする?」

「夜は結婚式あげるよ」

「はい?」

「きらり、結婚式挙げたいって言ってたよね。また、幸せ過ぎて忘れてる」


 彼が爆笑している。私は仕事関係の人へのお披露目に披露宴をしておく必要を伝えただけ。意思疎通がはかれてないというより、彼は所謂面倒なお披露目的な結婚式をやりたくないだけな気がする。


「ありがとう。私の為に予約したくれたんだね。というか、当日予約? よく空いてたね」

 私の口から出たのはお礼。彼自身、結婚式をしたそうには見えなかったのに、私の気持ちを優先してくれた。


「偶然、今日の夜チャペルが空いてたみたい。きっと神様も俺達を祝福してくれてるんだよね」

「神様とか、林太郎が信じてるって意外」

「俺はそういう非現実的な存在は信じてないよ。でも、きらりはそういうの好きそう」


 彼が私のことを考えて企画してくれたのは嬉しい。でも、何故だか彼の言葉が色々引っかかる。2人きりのリゾートウェディングもロマンチックかもしれない。深く考えずに流されてしまおうと思った。


 昼間、テニスをしてカップルエステをした後は結婚式の準備だ。

林太郎は運動神経も抜群で、私は滅多に出さない本気を出した故に結構フラフラだ。

 控え室に行くと、ウェディングドレスが用意してあった。

「ウェディングドレスだ!」

 卒業コンサートで着たプリンせスラインではなくマーメイドラインのドレス。繊細なレースが重なって波のようなデザインが美しい。

「実は俺、こういう大人っぽいデザインの方が好き。卒業コンサートの時のドレスはぶりっ子で子供っぽくて、きらりには似合ってなかったよ」

「そっか、私に似合うドレスを用意してくれてありがとう」


 彼は悪い意味で正直。私だって自分が可愛い系の服は似合わないと自認している。それでも、可愛いを売りにしているアイドルだから、ぶりっ子ドレスを着るに決まってる。満員の卒業コンサートの格好を似合ってなかったと言われるのは辛い。


 私はまた雄也さんなら「卒業コンサートのドレスも素敵でした」と言ってくれるだろうと切なく思っていた。

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