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第106話 雄也パパを想像するのは簡単。

 私は今、ルナさんにすすめられドラッグストアに来ている。

 購入した妊娠検査薬では陽性。


 ただ、尿をかけて、縦のラインが出ただけで子供がいる?

ドラッグストアのお手洗いの前で、ルナさんは待っていてくれた。


「梨子さん、どうでしたか?」

「陽性だと思うんだけど、たった1回で子供ってできるのかな?」


私は林太郎との新婚合宿を思い出していた。

(1回じゃないな。20回、30回はしてる⋯⋯あの、絶倫め⋯⋯)


「偽陽性の線も捨てきれませんが、念の為に産婦人科で調べた方が良いと思います。この辺りの産婦人科って、妊娠8週くらいには埋まるって聞きますし」

「8週? ギリギリじゃん。急いで行ってくる!」

 私が走ろうとするのを、ルナさんが慌てて止める。


「妊娠初期って大切な時なんです。慌てないでください!」

「はいっ」

10歳も年下の子に怒られてしまったが、ママとしては先輩だ。


「車で送ります」

「そこまで、してもらうのは悪いよ」

「何言ってるんですか。私はもっと悪い事、梨子さんにしてますよ」


 ルナさんに強引に車に乗せられ移動する。

お抱えの運転手がいる彼女はお嬢様で、初めて出会った頃は世間知らずに見えた。

でも、今、ベビーシートに載っているノゾム君をあやしている彼女は頼もしく見える。


「ルナさん、私、お礼を言ってなかったよね。私が不倫で叩かれた時に声明を出してくれてありがとう」

「あれですか? 実は深夜にどこから私の連絡を突き止めたのか、為末林太郎が私のせいで梨子さんが困ってるから謝罪文を出すよう言ってきたんですよ。実は日本の状況全然把握してなかったのでありがたかったです」

「えっ? 林太郎にルナさんに連絡?」

「はい。梨子さん。私は雄也お兄ちゃんを応援してましたが、この子のお父さんはお母さんを愛してます。離婚、もう1度考え直しても良いとおもますよ」


 ルナさんが私のお腹を見つめながら言ってくる言葉に私は複雑な気持ちになる。

林太郎はまるで自分は何もしてないように言っていた。私の為に裏で動いていたのをなぜ隠すのかを理解できない。


「そういえば、梨子さんって横浜出身ですか?」

「うん。なんで分かったの?」

「さっき『じゃん』って横浜弁が出てました。なんか、可愛いなって思っちゃって」

 ルナさんがくすくす笑っている。


「そういえば、横浜出身を林太郎に馬鹿にされたの思い出したわ。いつも上から目線なんだよね」

「為末林太郎って上から目線ですか? 私に謝罪文を出して欲しいと連絡してきた時は切実で、電話先で頭を下げてるのが見えるようでしたよ」

「そうなの?!」

「『フルーティーズ』の子達もお兄ちゃんみたいに親しみを持ってますよね。好きな人の前では自分を大きく見せたいのかな。結構、不器用な人なんですね」


 私は混乱していた。


上から目線で馬鹿にした事を言うのは、私が好きだから?

そんな「好きな子を虐める」みたいな小学生男子みたいな事を、百戦錬磨っぽい林太郎がしてる?


 産婦人科に到着したところで、私はルナさんにお礼を告げる。

「ルナさん、色々ありがとう」

「梨子さん、妊娠していたら、お子さん産むつもりですよね」

「当たり前じゃん」

 産まない選択なんて考えた事もない。

私の言葉にルナさんはそっと目を瞑る。


「それでしたら、為末林太郎と話し合ってヨリを戻すか、雄也お兄ちゃんを頼ってみてください」

「えっ、なんで突然⋯⋯」

 妊娠の話があるまではルナさんは私が離婚しても応援するような事を言っていた。

ましてや、林太郎の子を育てるのに雄也さんを頼るなんて考えられない。


「私は母の手助けを借りてノゾムを育ててますが、やはり大変です。パパに抱っこされている子を見るとノゾムに申し訳なかった気持ちが消えません」

ルナさんの目が潤んでいる。私は雅紀のようなクズが父親ならいない方が良いとさえ思っていたが、そんな簡単な問題ではないようだ。

「ルナさんは頑張っているよ」

私は彼女の苦労を知らない。それ以上はどんな言葉を掛けて良いかも分からない。


「私は為末林太郎の事はよく知りませんから、雄也お兄ちゃんについてお話ししますね」


 ルナさんが柔らかく微笑むと言葉を続けた。

「雄也お兄ちゃんは、デブで周りから相手にされてなかった私に優しくしてくれた人です。当時、小学生だった私の寂しさに唯一気がついてくれた人でもあります。梨子さんが困ってたら絶対手を差し伸べてくれますよ」

 雄也さんが小学生のルナさんに優しくする様子は容易に想像できた。

 夫である林太郎がパパをやっているのは想像できないのに、雄也パパを想像するのは簡単だから不思議。


「雄也さんを頼るのは考えられないよ」

 妊娠していたとして、お腹の赤ちゃんは林太郎との子。


「梨子さん頼れるものは頼らないと1人で子供は絶対育てられません。これが、半年ノゾムのママをやった私が辿り着いた答えです。私にもいつでも連絡くださいね」

 彼女が差し出してきた手を私は握り返す。


 私は緊張の面持ちで産婦人科に入って行った。




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