【未玖side】
有川くんとお揃いのパーカーで一緒に歩いて、乗り物に乗って、まるでデートみたいだと思った。
前にいるカップルが手を繋いでいるのを見て、私たちも繋ぎたいな。
なんて思っていたら、有川くんが私の手を取って、コーヒーカップに向かうから、私の顔は真っ赤かっだ。
相当浮かれてる。
有川くんが手を繋いできたのだって、はぐれるからだって分かってる。
でも今は仮の彼氏であることも、向き合わないといけないことも、全部忘れて楽しんでしまってる。
本当に嬉しすぎて幸せで溶けちゃうんじゃないかって思った。
コーヒーカップを乗り終えると、スマホに連絡が入った。
連絡の相手は賢ちゃんだった。
「賢ちゃんたち、先に帰ることにしたんだって」
「そうなんだ」
歩きながら、もう手繋がないかなって思ったら、有川くんは自然に私の手を取ってきた。
「じゃあ、もう少し何か乗って帰るか」
「うんっ!」
今日だけは……。
彼女ですって堂々と歩いてみてもいいのかな。
有川くんには気づかれないようにだけど。
水の中を大きな浮き輪に乗って滑る乗り物や、メリーゴーランド、3D映像を見ると、3つくらい乗り物に乗ると、辺りは暗くなって来た。
もしかしてそろそろ閉園?
そう思った頃に閉園のアナウンスは流れた。
『あと30分ほどで閉園となります』
もう終わっちゃうんだ……。
寂しいな。
帰りたくないな。
隣にいる有川くんをちらりと見る。
こんなこと言ったら、「嫌だよ、めんどくさい」って言われるかもしれない。
でもどうしても伝えたくて、勇気を出して伝えた。
「有川くん……!最後に……観覧車乗りたい!」
「観覧車か……」
ボソっとつぶやく有川くん。
彼は少し考えると言った。
「いいよ」
「えっ、いいの!?」
「うん。観覧車は乗ったことがないんだ。だからいいよ」
良かった……。
有川くんがOKしてくれたなんてレアだ。
私たちは急いで観覧車に向かうと、人はもうそんなにいなくて、貸切状態になっていた。
「すごいね、全然人が乗ってなかったね」
私の問いかけに答えることなく、有川くんは観覧車に興味深々だ。
「ふぅん、こんな感じなんだ」
ガシャっとドアが閉まり、2人きりの空間になる。
だけど有川くんは静かに外の景色を眺めていた。
気に入ってくれたかな?
「なかなかいいね。あんまり興味なかったけどこういうのは結構好きだ」
「有川くんは、遊園地とかはあんまり行かなかった?」
「うん。両親は早くに離婚して父親はいないし、母親も仕事漬け。僕は本を読むくらいしかしたことがなかったからね」
「そうだったんだ……」
有川くんが自分の過去のことを話してくれるなんて嬉しいな。
「有川くんがはじめて乗る観覧車に私がいられるのって光栄」
「ふっ、光栄って……」
観覧車がどんどん高くなってくるに連れて、周りの風景が見渡せるようになる。
キラキラの街灯にどんどん小さくなる人や乗り物。
なんかすごいなぁ………。
私がそう思っていると、有川くんは言った。
「なかなかいいな」
え?
「こういうのも悪くない。今日1日、割と楽しかった」
有川くんは笑顔を見せた。
──ドキン。
わ、有川くんって……こんな風に笑うんだ。
「私も……すっごく楽しかった!」
私が乗りたくて来た観覧車だったけど、有川くんに楽しんでもらえて、自分も楽しめてすごく幸せな一日だった。
だからそのことを有川くんに伝えたい。
「あとね……ずっと言いたかったことがあるの」
今の有川くんなら、私の気持ち……全部聞いてくれる気がする。
「今まで本当にありがとう!有川くんと出会って自分が少し変われた気がする」
何かあるとすぐに泣いてうじうじしていた自分。
そんな自分が大嫌いだったけど、彼に出会って、すぐに泣くのをやめた。
誰かに頼らず、まず考えてみようって思った。
まだ頼っちゃうところもあるけど……もっと自分で頑張ろうって思った。
「全部、有川くんのお陰……」
有川くんが厳しく言ってくれたからだ。
「こんなこと言える時間、もうないって思ったから、今すごく伝えたかった。有川に出会えて良かったって」
私たちのカップル入れ替えはもう少しで終わってしまう。
たぶん、入れ替えが終わる頃私たちが一緒にいることはないだろう。
有川くんは最初からそれを望んでいたから。
だからこそ今、伝えておかないといけない。
でも……有川くんとお別れすることを考えたら、なんだか涙が出そうになった。
「……っ」
泣かないって決めたのにな。
「なんか泣きそうな顔してる」
すると、有川くんは優しい口調でそう言ってきた。
「あっ、えっと……泣きはしないよ。でもなんか……雰囲気とかお別れすること考えたら、ちょっと寂しくなって」
慌てて弁解していると、有川くんは言う。
「お別れしないよ」
「えっ」
ぱっと顔をあげる。
観覧車は今、ちょうど頂上まで到達していた。
ふいに有川くんに引き寄せられる。
──グイー!
そして唇に温かい感触がぶつかった。
「有川、くん……?」
今、何が起きた……?
「頑張ってたこと、知ってるよ」
「えっと、その……」
「変わろうとしてたことも、努力してたことも分かってる」
有川くんのそんなことを言われた瞬間、私の顔は真っ赤になった。
2人きりの密室でキス、されたよね……?
ドキドキして有川くんの顔を見ることが出来ない。
「有川くん、今って……」
私が尋ねようとしたら、彼は言う。
「知ってるよ、頂上ってことだろ?僕の方からも見えてるし」
違くて、そうじゃなくて……!
「今……有川くん、キスを……」
私が慌てて伝えると、彼は言った。
「事故ってことにする?バランス崩してキスしちゃった、とか……こういうのありそうじゃんか」
「あ、あのえっと……」
バランスを崩したわけじゃないよね!?
だって有川くんから私の手を引いて……。
「どうかな?」
有川くんにそんなことをたずねられるから、私はパニックになって答えた。
「え、えっと事故ってことには……し、しないです……」
私、何言ってるの!?
もう自分が何言ってるか分からないよ。
そりゃ、さっきのキスを事故にはしたくないけど……。
こんなこと有川くんに言ったら……。
「しといてよ。僕が悪いってことになるだろ」
彼は小さくつぶやいた。
有川くんが悪い?
ううん、そんなことない。
だって私もあの時、彼とキスしたいと思ってしまったから……。
「言っとくけど、雰囲気に流されたとかそういう理由じゃないから」
有川くんのさらなる状況に私は驚いて目をぱちり、ぱちりと瞬きさせた。
「……じゃあどういうこと?」
私が静かに尋ねると、有川くんは言う。
「キミって抜けてるのに、確信的なところはしっかり聞き返してくるよね」
「だって……」
「聞き返すってことは、それなりに受け入れる姿勢があるってことだと受け取るけど……」
有川くんの言ってることはよく分からない。
でも、私は彼の言葉が聞きたくて、こくんと頷いた。
すると、有川くんはもう一度私の手を引いて、自分の隣に座らせると言った。
「好き、なのかもね」
「……っ!」
ウソ……。
有川くんからそんな言葉が聞けるなんて思いもしなかった。
嬉しい……。
なんだかフワフワして、本当に溶けちゃいそうだった。
それからは頭が真っ白になって何が起きたか覚えていない。
気づけばドアが開き、観覧車から出る時間になっていた。
有川くんのいう“好き”ってそういう意味だと思ってもいいのかな。
ドキドキしながら観覧車を出ると、有川くんは何も言わずに私と手を繋いだ。
──ドキ、ドキ、ドキ。
心臓のバクバクは止まらない。
夕日がキレイに光っているのに、そっちなんか全然目に入らなくて目の前にいる有川くんがすごく輝いて見えた──。