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第38話:【番外編 ①見守りたいふたり】

【莉乃side】


美玖ちゃんが私に背中を向けて走り去っていく。


『莉乃ちゃんは、分からないよ……』


あんなに大きな声で、こんなこと言われるなんて思わなかったな。

きっとずっと美玖ちゃんの気持ちはたまっていたんだろう。


一緒に働いている時も、時折寂しい顔をする時が増えていた。

でもその度に、自分に気持ちを入れて頑張ってきたんだろう。


──ジリ。


すると地面を蹴る音がする。


「おいかけなくていいの?」


私が後ろからやってきた相手に声をかける。


「さっきの私たちのやり取り見てたんでしょ?賢人」

「ああ」


賢人は時々、時間が合うと心配だからとバイト先まで迎えにきてくれることがある。


連絡しないで迎えにくることもあって、よく入れ違うんだけど。


「まっ、おいかけるのは俺の役目ではねーしな。俺には莉乃ちゃんっていうかわいいかわいい彼女がいるわけだし」


「賢人……」


賢人にとって美玖ちゃんは大事な幼なじみ。

私たちが付き合ったからと言ってそれは変わらない。


でも、もちろん賢人は私のことを彼女として優先してくれるんだけどね。


「とはいえ、夜道だし心配だからちゃんと家に帰れたかだけ確認しようぜ」

「そうね」


私と賢人は並んで美玖ちゃんの家の方まで歩くことにした。


「落ち込んでる美玖ちゃんにヒドイ言葉かけるなって思った?」


私が賢人に聞くと、彼は真面目な顔で答えた。


「わざと強い言葉を言ったんだろ?美玖は自分の気持ちを押し殺すのがクセみたいになってるし、優しく寄り添うだけじゃ解決しないもんな」


ヨシヨシといいながら私の頭を撫でる賢人。


「ふたりには、幸せになって欲しいの……」

「分かるよ」


私にとって、ふたりとも大事な人だから。

本当にふたりが別れを望んでいるなら、それでいい。


でも今はその状況じゃないと思う。

まずはしっかりお互いの気持ちを伝えて欲しいって思ったんだ。


「でも美玖ちゃんにあんな強い気持ちがあったんだってビックリしたよ」

「ずっと悩んでるっぽかったもんな」


「難しいよね、何考えてるか分からない潤と自分の気持ちを押し殺しちゃう美玖ちゃん。難易度高いじゃない?」


「マジそれ」


賢人は大学生になってから、すごく落ち着いた男の人って感じになった。


同じ年なのに、包み込んでくれるような安心感があって妙にドキってする時があるんだよね。


前までの賢人だったら、走り去る美玖ちゃんを追いかけそうなものだけど、今は私を優先してくれている。


「ま、莉乃が頑張ったんだし、俺も有川にガツンと言ってやんねぇとな」


潤が賢人の言うことを聞くかは分からないけど……。

こうしてふたりで歩いていくと、美玖ちゃんの家までたどり着いた。


美玖ちゃんの部屋の明りがついていて、彼女が帰ったんだと分かる。


「じゃあ、私たちも帰ろうか」


来た道を戻るように帰る私たち。

静かに帰りの道を歩いていると、賢人がたずねた。


「今日は俺の家泊まってかねーの?」

「明日、仕事があるから」


「そっか……」


賢人は大学生になってからひとり暮らしをするようになった。


私も荷物を置かせてもらって、たまに泊まらせてもらったりはするんだけど、なかなか忙しくて予定が合わない。


「あっ、そうだ!来週の水曜日はどう?予定が空いたんだけど……」

「あー……それサークルの飲み入ってるわ」


「そっか……」


美玖ちゃんには、私と賢人がしょっちゅうあってるように見えるかもしれないけど、実は私たちもなかなか予定が合わないのよね。


賢人も人気者だから、サークルの飲みに参加しないとなると友達から何か言われるみたいで、私もモデルの仕事を再開するようになってから、ありがたいことにお仕事が徐々に増えて来ていた。


モデルのお仕事だけでなく、舞台だったりのお話もきてたりして今はマルチに活動している。


でも、それが原因で実は何度もケンカをしてたりする。


それぞれの人生を歩んでいくってそういうことなんだろうな。


「でも賢人、こんなに毎日バイト先に迎えにこなくていいよ?賢人だって明日1限でしょ?色々あるのに大変じゃん」


「はぁ?分かんねぇの?」


「なに?」

「会いたくて来てんの。俺にとって忙しい莉乃ちゃんと唯一会える必要事項なんですけど」


「そ、そうなの」


なによ、急に……。

賢人の言葉にかあっと顔を赤らめる。


なんか心配だからやってくれてるのかなーとか思ってたら、普通に会いたいからなんて言われたら照れるに決まってるじゃない!


「本当はさ、同棲したいんだけど。同じところに帰ってきて欲しいし、送り出したいし……なんなら離したくないし」


そう言って、外だということも忘れて私に抱きつく賢人。


「ちょっ、ここ外だから……」

「暗くて見えねーって」


「そういう問題じゃ……」


私が止めようとすると、賢人は私の耳元で甘くささやく。


「好き。めっちゃ好き」

「あ、りがと……」


「莉乃は?」

「私も……すき」


なんか賢人で付き合う時間が長くなるほど、甘々になるっていうか……。


高校生の時までは、けっこうバカにされたりとかしてたのに、最近は甘々の溺愛なんですけど……。


そういう賢人に私もドキドキしてしまっている自分がいる。

それから賢人はあきらめて私の家まで送ってくれた。


「ふたりがより戻せるといいな」

「うん、本当に」


ふたりの幸せを願って、私たちは手を振って分かれた──。



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