【美玖side】
莉乃ちゃんからハッキリと告げられた時、その通りだと思った。
莉乃ちゃんは私のために言ってくれたんだろうな。
彼女はそういう人だ。
いつも私に寄り添ってくれて、時に厳しい言葉をぶつけてくれる。
私はスマホの中の消せない写真を見つめていた。
大学生の入学式の時に、早く終わったから集まってご飯を食べに行った写真だ。
それ、楽しかったな……。
一度も自分の気持ちを言うことなく別れを告げた私。
有川くんから拒否されるのが怖すぎて、逃げて自分の中で完結してしまっていた。
ちゃんと伝えなきゃいけなかったのに。
ちゃんと向き合わないといけなかったのに……それが出来ていなかった。
だから、こうやってずっと後悔が残っているんだろう。
もっとしっかり伝えれば良かった。
私はもっと有川くんと一緒にいたいとか、電話よりも会える方が嬉しいとか。
どうにか出来ることはたくさんあったはずだ。
相手のこと考えてるフリして、本当は逃げていただけだった。
でも、もう……終わってしまった。
「……潤、くん……っ、会いたいよ……っ」
翌日。
今日はアルバイトが入っていた。
莉乃ちゃんも遅番で来るって言ってたんだよね……。
来るかな……。
この間逃げ去ってしまってから、連絡をとってなくて少し気まずい。
でも、今日しっかり謝らないと……。
「おつかれさまです~!」
すると莉乃ちゃんの声が聞こえてきた。
莉乃ちゃんはバックヤードの扉を開けた。
ばっちりと目が合ってしまう私たち。
ほら、早く謝らないと……。
そう思っていると、莉乃ちゃんは笑顔で言った。
「おはよう、美玖ちゃん」
「お、おはよう。あの……この間は……」
そこまで言うと、莉乃ちゃんは口もとに人差し指をあててシーっとポーズを見せた。
「謝るの禁止。別に怒ってたわけじゃないしね!」
「莉乃ちゃん……」
「美玖ちゃんと潤のこと、応援してるだけなの。だから、そんな顔しないで」
莉乃ちゃんは私の頬を手のひらで包みこんで笑ってくれた。
「莉乃ちゃん~~」
「泣かない、泣かない!」
「私、ずっと大事な人まで失って、親友まで失っちゃうのかと思って心配だったの~」
「私がそんなんで美玖ちゃんから離れていくわけないでしょ?もう!」
莉乃ちゃん、優しいな。
「良かったよー!」
なんとか一件落着して、私は涙を拭ってからバイト先に出た。
バイトをしながら、時間がある時は莉乃ちゃんとしゃべったりしていると少しは気がまぎれた。
そして、帰りの時間。
「美玖ちゃんさ、良かったら今日ファミレスでも寄って行かない?」
「でも莉乃ちゃん、忙しいんじゃないの?」
「たまにはさ、美味しいパフェが食べたいのよ!」
「いいねっ!」
莉乃ちゃんはきっと私のこと気遣ってくれてるんだろうな。
私が落ち込まないように、今日だって楽しい話をたくさんしてくれたし……。
実際ひとりになると、いつも潤くんのことを考えちゃうからありがたいや。
それから私たちはバイト先の近くのファミレスに移動することにした。
ファミレスでは莉乃ちゃんがビックパフェを、私がガトーショコラ。そしてふたりでポテトを頼むことにした。
「莉乃ちゃん、大きなパフェ食べちゃって大丈夫なの?」
この間まで、減量しなきゃって言って甘いものは控えてた気がする。
「ちょうどこの間、水着の撮影が終わったの。だから今日1日だけ甘やかしタイム~!」
「そういう日も大事だよね!」
莉乃ちゃんはお仕事でもストイックにこなしているからすごいなぁ……。
そしてデザートがやってくると、莉乃ちゃんがしゃべりだす。
「ねぇねぇ、潤とのこと……考えてみたんだけど、潤に会いに行くっていうのはどう?」
「えっ!?」
「だってさ~美玖ちゃんだってずっと潤のこと考えてるし~?まだ大好きですって顔してるじゃない?」
「そ、そんな顔……」
「ウソ。今日だってドリンクのオーダー聞いた時、ぼーっとしてたでしょ?」
「う“……」
「しょうがないわよね~!だって潤が好きなタピオカミルクティの黒糖味頼んでくる人がいたんだもんねぇ?」
「莉乃ちゃん……」
私たちは付き合いが長い分知っていることも多い。
私がぼーっとして、潤くんのことを考えいたことは莉乃ちゃんにはお見通しだ。
「だから、しっかり会ってハッキリさせたらいいんじゃないかって思ったの。学校だったら見張っていれば、潤には会えるだろうし、私たちも一緒に行くしさ」
「うん……」
「このままじゃ、美玖ちゃん忘れられないんじゃないの?前に進むことだって出来ないと思うよ」
きっとそう。
今の中途半端なまま、有川くんとお別れしてしまって、私は次に進むことも出来ず彼のことを考え続けてしまうんだろうなって思ってる。
「まっ、俺が責任持ってしっかり見守ってるんでよ」
「えっ」
急に変な声が聞こえたかと思って顔をあげれば、そこにいたのは賢ちゃんだった。
「賢ちゃん……!」
「よっ、美玖。久しぶり~!」
「莉乃ちゃんのお迎え?」
「おお、ここにいるって聞いたから来たんだよ。俺もなんか頼もう~!」
賢ちゃんはそう言って莉乃ちゃんの隣に座ると、メニューを見始めた。
「二人でね、話してたの。大事なふたりが、このまま終わっちゃうのって悲しいよねって。ふたりとも納得してるならいいの。でも、そうじゃないから……」
「そうじゃない?」
私が聞き返すと、今度は賢ちゃんが答えた。
「俺が、有川の大学に行ったんだよ。そんで美玖とどうなったんだよ、って問い詰めてやった!」
賢ちゃん、そんなことまで……。
「そしたらな~なんか珍しく有川のやつぼーっとしてたんだよな。なんか聞いてる言葉も的を得て無い感じで、心ここにあらず的な?」
「それは有川くん、研究で忙しくて疲れてるんじゃないかな」
「で、そこで俺が周りの研究員?的なやつに聞いてみたわけよ?なんかロン毛のやつだったんだけどよ、そいつが彼女にフラれたショックでぼーっとしてるって言っててさ」
賢ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しい。
でも有川くんがぼーっとしている原因がとても私だとは思えない。
なんか、ずっと自分に自信がなくて嫌になっちゃうな……。
そんな私の様子を見て、賢ちゃんは「はぁ」っとため息をついた。
「有川のやつ、言ってたぜ。もっとしっかり話せば良かったって」
「えっ」
「それだけ残してひとりで帰っていったから、どういう意味かとかは知らねぇけど、ふたりにとってはまだ消化出来てねぇことなんじゃねぇの?」
「…………」
「このままじゃダメだろ、絶対」
賢ちゃんはまっすぐに私を見つめる。
「……そう、だね。本当にそう」
ふたりに迷惑かけてようやく気がついた。
「私、潤くんに連絡してみる!ふたりに頼ってばっかりじゃ嫌だから」
「うん、それがいいな」
「私も応援してる」
こうして二人に応援されながら、私はファミレスを出た。
莉乃ちゃんと賢人くんは家まで送るって言ってくれたけど、ふたりの時間を邪魔したら悪いから、「大丈夫!」と伝えた。
ふたりに手をふって、帰り道を歩る。
潤くんに連絡しないとな。
でももしもう、ブロックされてたりしたら……。
そんな不安がよぎって私はブンブンとあたまを振った。
すぐにネガティブになる癖、やめないと。
ちゃんと行動に起こさないと始まらないでしょ!
「あれ……?」
家の近くまで来た時、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
あれってもしかして、潤くん!?
潤くんに似ている人が前を歩いている。
どうしてこんなところに!?
潤くんもひとり暮らしをしていて、この辺りを通ることはめったにない。
どうしよう。引き留めなくちゃ、もう会えるチャンスがないかもしれない。
でも、会って拒否されたら……。
怖い。
『二人でね、話してたの。大事なふたりが、このまま終わっちゃうのって悲しいよねって。ふたりとも納得してるならいいの。でも、そうじゃないから……』
『このままじゃダメだろ、絶対』
ダメだ。もう逃げないって決めたんだから!
私は意を決して一歩踏み出した。
「潤くん……!」
思った以上に大きな声が出て、自分でも驚く。
すると潤くんは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「……美玖?」
小さい声で彼からの返答がある。
近付いてみると、やっぱりそこにいたのは潤くんだった。
大人っぽいコートを着た潤くんに胸がドキドキと高鳴ってしまう。
「あ、あの……っ」
言わなくちゃ。
「これ……」
そう思っていた時、潤くんは私に紙袋を差し出した。
「これっって……?」
「うちに置いて行ったもの、無かったら困るかと思って」
それでここまで来てくれたの?
嬉しさと同時に、潤くんとの繋がりだったものが返された気持ちで寂しくなる。
やっぱり潤くんは、終わらせようと思ってるんだ。
私との関係を。
「あり、がと」
「それだけだから」
潤くんは紙袋を渡すとスタスタと歩き出してしまった。
ああ、終わっちゃう。
本当に終わっちゃう。
いやだよ、潤くん。
ずっと一緒にいたいよ。
気づけば足が動いていた。
「待って……!」
そして潤くんの手をとっさにとった。
「いか、ないで……っ」
目に涙がたまる。
でも、彼は泣く子は好きじゃないから必死に我慢して伝えた。
「ごめん、潤くん、私、まだ好きなの……」
本当はもっと順序良く話そうと思ってたのに。
ちゃんと話さずに別れを告げたことを後悔してるってこととか、有川くんがクッキーを受け取ってくれなかった理由を知りたいとか、自分に不満があるならちゃんと直すとか、言いたいことはいっぱいあったのに、とっさに好きだと伝えてしまった。
ああ、もう。やっぱりダメだ。
私って、全然ダメ……。
有川くんの反応が見れない。
彼はきっと呆れているだろう。
そう思っていると、有川くんは小さくつぶやいた。
「ごめん」
──ズキン。
そう、だよね……。
だって私たちはお別れしたんだもん。
それも私から別れを告げたのに、今更より戻したいなんて都合がよすぎるよね……。
私が下を向いた瞬間、彼が言う。
「僕も美玖のことがまだ好きだ」
「えっ」
顔をあげるとまっすぐに潤くんは話してくれた。
「忘れようとはしたけど、やっぱり無理だった。本当はメールが来た時に言うべきだった。……別れたくないって」
「わ、わ、別れたくない!?」
ウソだ。だって潤くん、私が別れようって告げた時、すぐに分かったって。
クッキーだって渡した時も迷惑そうだったし、きっともうダメなんだろうなって……。
「美玖が別れたいなら、受け入れてあげるべきだと思った。でもやっぱり無理。好きな人がいるんだっていうなら、僕が奪いにいくよ」
「潤く……」
潤くんは今、何を言っているんだろう。
好きな人?奪いに行く?だ、誰の!?
「えっと、好きな人って言うのは?」
「いるんだろ?今、気になってるヤツが」
「い、いないですけど……」
「はぁ?」
潤くんは怪訝な表情をこちらに向けた。
「だって見たんだけど、男と駅まで楽しそうに歩いてるのとか、なんかショッピングモーにデートに行ってたとも聞いたし」
「あ、それは……」
佐山くんのことかな?
「たぶんサークルの人で……遠距離恋愛してる人だから相手に何かプレゼントでも選べたらいいねって話してただけだと思う……それで一度買いに行ったこともあるけど、どっちもパートナーの話しばかりで……」
私がそこまで答えると、潤くんは「はぁ……」とため息をついた。
「ご、ごめん。なんか勘違いさせちゃって……」
「いや。きっと自信が無かったんだろうな。高校の時みたいに気軽に会えないし、デートも思ったように出来ない。そんなこんなしているうちに電話とか連絡の頻繁もどんどん減っていったから……他に相手が出来て当然だと思った」
潤くん、そんなに私のこと考えてくれてたんだ……。
そんなの全然分からなかったよ。
潤くんポーカーフェイスだし、いつも冷静で淡々としてるから……っ。
「私が潤くん以外の人を好きになるなんてありえないよ。ずっと潤くんのこと考えてて……本当は会いたかったけど、でも迷惑になると思ったから、連絡も出来なかったの」
「そっか、お互い冷めたわけじゃないのか」
潤くんはそう言うと、私のことをそっと抱きしめた。
「ごめん、寂しい思いさせて。正直さ、人の気持ちとか読むの得意じゃないから、分からないんだ。わがままでもなんでもいいから口にして欲しい。美玖の気持ちを」
「でも……迷惑かけない?」
「彼女のわがままを精一杯叶えるのが男ってもんでしょ」
そうなのかな……?
すると有川くんはぎゅっと私を抱きしめて、耳元でつぶやいた。
「……よかった」
本当に安心してくれているみたいで、私も嬉しくなった。
「潤くんも別れた時、寂しくなった?」
「寂しいっていうか……数々の研究をダメにしたよね。テストもミスばっかりだし」
「ええっ」
それって私、めっちゃ迷惑かけてるんじゃ……。
「こうやってさ、ダメな僕にはなりたく無いから、もう離れないでくれる?」
「うん……」
「それで、自分でため込まないで……なんでも言って」
「……分かった」
目と目があって、そっと目をつぶる。
すると有川くんは、私にキスを落とした。
優しくて、温かいキス。
「大好き」
「僕も」
お互いに気持ちを伝え合って、たまにはぶつかったりすることもあると思うけど、着々と進んでいくんだ。
「おーーい。俺のこと忘れてませんか?」
真っ暗な中、急に声がして振り返ると、そこには見たことのないロン毛の人がいた。
「きゃあっ」
ビックリして思わず声が出てしまう。
だ、誰……?
金髪だし、もしかして潤くんに絡んで来た不良!?
すると潤くんは言った。
「あ、忘れてた」
「ふざけんな、誰がバイク出してやったと思ってんだよ!」
「あ、あの……この人は?」
「同じ研究員の問題児」
有川くんが適当に説明すると、そのロン毛の人は怒った声で言った。
「ふざけんな。ごめんね~本郷といいま~す」
私には笑顔を向けてくれる本郷さん。
潤くんと仲がいい、のかな?
「コイツが元カノジョに荷物を返しに行きたいからバイク出してくれっていうわけよ。寂しくて泣いちゃっても可哀想だし?仕方ないからバイク貸してやってなぐさめてやろうと思ったのに、コイツ俺にコンビニで買い物させた隙にどこか行きやがりまして?探してたらようやくここについたってわけ」
なんだか、潤くん本郷さんへの扱いがだいぶヒドイ気が……。
すると本郷さんはニヤニヤしながら言う。
「でも俺嬉しい~よ。だって潤くんが未練タラタラ大好きでしょうがないって彼女と復縁できたんだからさぁ!」
「黙ってくれる?」
「うちの潤くんね、カノジョちゃんと別れて大変だったのよ~!研究中もぼーっとして細胞いくつもダメにしちゃうし?全然人の話聞いてないし?そんでもって大好きすぎて待ち受けも変えられないわで、ダメダメだったんだよ~」
「うるさいな」
「待ち受けって……」
私がたずねると、本郷さんは潤くんのスマホを奪い取って画面を見せた。
「これで~~す」
すうと、そこには私が飲み物を飲んでいる姿が映っていた。
「こんだけ大好きで溺愛してたわけですよ~!」
「もういいだろ」
潤くんの愛が思った以上にあって、私は顔を赤らめてしまう。
離れていたから、全然気づかなかった。
私、こんなに愛されてたってことなの……?
「じゃあ、もう俺ひとりで帰るかんな~」
「また研究室で」
「なんか奢れよな」
「まあ……気が向いたらね」
本郷くんはそう伝えると、バイクに乗って去っていった。
「うるさいのも去っていったし、少し歩こうか」
「うん……」
ゆっくりとふたりで歩くと、有川くんは静かに話し出した。
「僕も言葉にする頻度が少なかったと思って反省してる」
「潤くん……?」
彼が素直に謝るなんて珍しい……。
「忙しいのはきっと変わらないけど、もっと手段があると思った。伝えないと気持ちが離れていってしまうなら、僕はちゃんと美玖に言葉として伝えるから」
そっか。
私も有川くんも長く付き合っているとはいえ、恋愛初心者であることは変わらない。
こうしてふたりで大きな壁を乗り越えていくのが恋っていうんだな。
「何があっても、潤くんのことずっと好き」
「僕も。ずっと好きなんだと思う」
潤くんの直球の言葉に私は照れてしまった。
繋いだ手が温かくて、心がもう一度通った日の夜道はなんだか楽しかった──。