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第9話

 朝食を終えるとリビングの隣にある部屋に移動した。

 施術用のベッドや大きなディスプレイが置いてある。空野はディスプレイに大手電脳義肢メーカーのサイトを表示させた。

「かつて義手にはいくつかの種類があった。見た目を良くする装飾用義手。ケーブルを使って一定の動きが可能な能動義手。演奏や仕事が可能な作業用義手。だけどこれらはごく簡単なことしかできない。ここから更に脳から出る微弱な電流をスイッチ代わりに使った筋電義手が生まれた。こっちは義手を手のように使える。だがやはりできることは限られた。そこで義手自体にAIを埋め込み、脳からの信号と併用する半独立型の電脳義手が生まれたわけだ。君の付けてるそれだな」

 空野は奏の右手を指差した。奏は頷く。ここまではサイトで調べて知っていた。

「電脳義手はもはや普通の腕と変わらない。皮膚には触覚センサーが取り付けられていて、それをバイオジョイントから神経に伝えることができるし、専門性が求められる動きもAIに覚えさせればかなりのレベルで再現可能だ。実際人間より器用だし、出力させ上げてやれば筋トレなんてしなくてもパワーも出るからな。うちだって力仕事は杏の担当だ」

 すると黒瀬はニコリと笑って右腕に力こぶを作るような動きをした。

「こっちの腕は高出力チューン済みだからね。軽トラくらいなら引っ張れるようにできてるんだ。奏ちゃんもどう?」

「え、遠慮しとくわ……」

「そう。残念」

 黒瀬はあっさりと引き下がる。奏からすればピアノが弾きたいのであってマーベルヒーローになりたいわけではなかった。空野は奏に尋ねる。

「外観は今まで通りでいいんだな?」

「はい。その、なるべく周りには義手だって思われたくないんで」

「まあ女の子だしな。それが普通か。じゃあ外装は流用させてもらって、中身をこっちで作らせてもらう」

「あ、あの。AIをいじってアルゴリズムを変えることだけってできないんですか?」

「それは無理だ。そうできないようにロックされてるし、メーカー毎にハードウェアと紐付けされてるからな。一から作るしかない。クローンは作れるけど著作権の問題がある」

 電脳義肢が産む莫大な利益を守るため、世界義肢協会が各国に働きかけて法整備が進められた。そのおかげで大手メーカーは潤ったが、同時に融通が利かなくなった。ただ莫大な研究費を投じて作られた電脳義肢で利益を出すためには必要な措置でもある。

 奏はその説明を受けたが、腑に落ちなかった。困っている人を助けるための物なのに企業の利益のせいで制限される。そのことに納得できなかった。

「搭載されるAIってオリジナルですよね? その、誤動作とかは……」

「ない。と言いたいけど言い切れない。だけどそれはメーカー製も一緒だ。ソフトウェアの問題があったらオンラインで対応できるよ。やるのは俺じゃなくて杏だけどな」

「え?」

 驚く奏に黒瀬は胸を叩いて笑いかける。

「おまかせを!」

「いや、でもあんたまだ十八歳でしょ? AIのチューニングなんてできるわけ?」

 奏が心配するのも無理がない。電脳義肢のAIチューンは難関の国家資格だ。毎年行われる国家試験の合格率は一割を切る。

 だがそんな資格を黒瀬は持っていた。その証拠の証明カードを黒瀬は奏に見せた。義手姿でウインクしている写真が載っていて、偽造防止用のホログラムまである。

「……マジ?」

「マジマジ。心はおバカだけどここに搭載されてる頭脳は一級品だから安心してね♪」

 笑って自分の頭を指差す黒瀬に奏は混乱しながらも多少あった心配は萎んでいった。

 空野はコーヒーを一口飲んでから肩をすくめる。

「グレードだけ言えば電脳義肢装具士より電脳AIチューナーの方がよっぽど上だ。それを若干十六歳で取得してる。間違いなく彼女は天才だ。まあこいつはアホでもあるけど」

 電脳AIチューナーはその数自体が少なく、企業の間で奪い合いになっている。その年収は脳神経外科の医師よりも数割高いほどだ。

 そんな天才がむき出しの機械の腕で奏を優しく撫でた。

「大丈夫だから全部お姉さんに任せて。ね?」

「あんた同い年でしょうが!」

 奏は恥ずかしそうに黒瀬から距離を取る。黒瀬は面白そうにえへへと笑った。

 こんなに若いAIチューナーなど聞いたことがない。

 最果ての島でチビの電脳義肢装具士と少女の電脳AIチューナーが切り盛りする工房。

 奏は改めてここが常識外れだと理解した。だが、嫌いになれない自分もまたいた。

 奏は半ば諦めて嘆息し、小さく肩をすくめる。

「分かったわよ。あなた達に任せるわ。その代わり良いのを作ってね?」

 空野は「善処するよ」と言い、黒瀬は「了解です!」と敬礼した。

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