二話
わたしにとってピアノは一番の楽しみであり、友達であり、戦うための道具だった。
ピアノの世界は残酷だ。どれだけ努力してもプロになれるのは一握り。さらにその中の一部だけがピアノを演奏して生活することができる。
最も求められるのはブランドで、そのブランドが手っ取り早く得られるのがコンクールでの入賞だった。
勝つ人もいれば負ける人もいる。芸術に勝ち負けはないと言う人もいるかもしれないけど、やっている人間にとってはたしかにそれがあった。
敗北はいつだって努力の価値を鈍らせる。勝つためにやってるんだからそれは仕方ない。
わたしはそれがイヤだった。小さい頃出たコンクールで一度だけ箸にも棒にもかからなかったことがある。
優勝した子は同じピアノ教室の子供で、その子はみんなに褒められていた。わたしもがんばったけどお母さんが慰めてくれただけだった。
それからわたしは他人より努力することを学んだ。努力は裏切らない。やればやるだけ上手くなる。そしてそれは自然と結果にも結びついていった。
お母さんはもう「残念だったね」とは言わなくなったし、先生も周りの大人も褒めてくれる。それが嬉しかった。
自分の音が、自分の努力が、自分の積み重ねたことが周りを、そしてわたしを幸せにしてくれる。そのことがなによりも嬉しかった。
ただ同時に敵もできる。選ばれなかった人からは嫉妬され、負けた人からは嫌われることもあった。躍動的なわたしの音が嫌いだとも言われた。
それでもわたしは勝ってきた。勝って証明してきた。わたしの音には価値があるんだと。わたしの努力は無駄じゃなかったんだと。
ずっとそう思ってきた。右手を失うあの日までは。