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第15話

 少し考えて簡単に答えが出るなら人に悩みなんて存在しない。

 答えの出ない奏は空野の言う通り日常生活を通して義手を慣らしていく。

 神経からの電流を電脳義手に搭載されたAIが読み取り、動きを最適化させていく。

 最初に使った時でもかなりの完成度だったのに、今じゃ自分が腕を失ったことさえ忘れてしまいそうになるほどだ。

 だがそれでもどこか偽物感は拭えなかった。

「どうせなら今までしてこなかったことをしてみたらいい。都会に戻ったらできなくなるんだからな。望んでいた物を得られなくても、それに代わるなにかが得られたら案外人生は上手く回っていくもんだ」

 空野にそう言われ、奏は少し不満を抱きながらも従った。

 元の音を諦めるつもりは毛頭ない。しかし空野の言う通り島の生活はここでしか味わえない。どうせ来たのだから楽しまなければ損だ。元々前向きな奏はそう思った。

 まずは自転車に乗ってみる。普段はAIが姿勢制御をしてくれるモデルに乗っているのでバランスを取るのが大変だ。

 奏は何度も足を付いた。転けることもあったが、そのたびに電脳義手が助けてくれる。

「ああもうむかつく!」

 そう言いながらも奏は持ち前の負けん気で少しながら乗れる時間を増やしていった。

 三日ほどで運転が安定し出すと奏は島を散策し始めた。ママチャリのカゴにはテイルが乗り、顔を出してひげを揺らしている。まだ慣れない奏はたまにカーブなどで転けたりするが、そのたびにテイルは飛び出して自分だけ無傷で楽に移動していた。

 奏は心配している両親を安心させるためにも綺麗な景色を見つけるたびに最新の折りたたみカード型スマートデバイスで写真を撮って送っている。

 最果てのこの島にはまだ昔の生活も残っていた。朝早く港に行くと漁師が魚が入ったカゴを業務用のロボットに持たせている。今日は量が少ない。おそらく不漁だったんだろう。

 子供達は元気に学校へ行く。オンライン授業なのでどこにいても本土と同じレベルの学習が得られた。島から一歩も出ずに大学の学位を取ることも可能だ。

 通学途中の子供の一人は義足を付けている。きっと空野の作ったものだろうと思いながら奏は自転車を漕いでいた。

 奏は綺麗な砂浜を見つけると自転車を近くに駐め、砂の上を裸足で歩いた。砂粒の感触が気持ち良い。水面がキラキラと光ってなんだかロマンチックだ。

 田舎の生活も悪くはない。だけどやっぱりここでは生きていけないと思った。

 ピアニストになるには世界を飛び回らないといけない。そのためには移動が便利な都会に住むのが一番だ。

 ここでの生活は気に入ってきたが、それでも奏の求めるものは一つだった。

 自分の音を取り戻し、プロのピアニストになる。義手だからなんて言わせない。そんなことを言う奴らは今まで通り実力でねじ伏せる。そのはずだった。

 奏から自然とため息が出る。今のままだと周りは良くても自分が納得できない。

 最近奏はよく考える。自分の音だと思っていたが、それは一体なんなのか?

 人とは違うことは確かだった。それは他の人の演奏を聴いていれば分かる。楽譜の通り弾いたとしても奏と他の人とでは違う音を奏でている。

 その違いを一言で表すとしたら気持ちなのだろう。違う気持ちで弾いている。だから音が違う。理論的には分からないが奏はそう思っている。

 なら昔の音と今の音が違って聞こえるのは気持ちが変わったからなのだろうか?

 奏はそれを認めたくなかった。右手があろうとなかろうと、ピアノに対する情熱は今も変わらず持ち続けているつもりだ。ピアニストになる夢もぶれていない。

 だがそれは奏はであって、機械はまた違う。義手に搭載されたAIは人間と似たような思考方法を持つが、人間ではない。

 おそらくその差が奏を苦しめている。ならどうやってこれを克服すればいいのか。

 奏はうみねこの鳴き声を聞きながら海を見つめて考えたが、今日も答えは出なかった。

 あと十日もすれば本土に帰り、また元の生活が戻ってくる。これ以上学校を休めば留年になる。オンラインでの出席はしていたが、成績の方が危なかった。

 ずっとピアノを弾いて生きていくつもりだった奏だが、今の状態が続けばそれ以外の道も探らないといけない。勤め人になるのなら学歴は必要だ。

 奏はまたため息をついた。

「生きるのって大変なのね…………」

 人生で初めて分水嶺にいる。理想は今も変わらないが、現実はあまりにも非情だ。

 それでも奏は諦めなかった。諦めきれなかった。それほど奏のやってきたことには重みがある。そう思ったから。

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