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「……今度の休みだけど」
夕飯の席で一馬がそう言い出すとAIに言われた通りのレシピで作ったポトフをテーブルに持ってきた妻の恵に言葉を遮られた。
「どうせ山でしょ」
恵はポトフを小皿に取り分けて娘に渡す。一馬には空の皿だけを渡した。一馬は自分で取り分けながら続ける。
「いや、またあの島に行ってこようと思うんだ」
一馬がそう言うと恵の表情が微かに変わった。少し心配そうにする。
一方娘の未来は羨ましそうだ。
「しまってうみのとこ? あたしもいきたい~」
「どこか悪いの?」
一馬は安心させようと笑いかけた。
「義足自体はすごくいいよ。だけどまあ、定期点検で行っておこうかなと思って」
はっきりしない一馬に恵は眉をひそめて食事を始めた。
「そう。じゃあ行ってきたら?」
素っ気ない恵に未来はせがんだ。
「あたしもいくー」
「ダメ。未来はどこも悪くないでしょ?」
「でもいきたいー」
「ダメ。ほら食べて」
「ねえパパ。つれてって」
娘にせがまれて一馬の心は揺らいだが、恵が未来を睨み付けると思いとどまった。
「そんなことばっかり言ってたらもうごはん作らないから」
「じゃあおかしたべる」
「おかしも買ってあげない」
未来は顔をしかめて泣きそうになる。一馬は慌てて提案した。
「じゃあ次の次の休みはお出かけしような。どこがいい?」
「どうぶつえん」
一馬は海じゃないのかと思ったが笑って頷いた。
「うん。じゃあ行こう」
「やったー」
喜ぶ娘に目を細める一馬だったが、不満そうな妻を見てまた気持ちが重くなる。
恵は静かに食事を取りながら一馬に聞こえるよう呟いた。
「どうせ山に行くためでしょ」
ある意味では見透かされていた。しかし今の一馬はできれば山に行きたくなかった。正確にはまた山に行きたいと思えるようになりたいのだ。
そのことを妻に相談しようとしたが、行けるようになればまた不機嫌になると思い、言えなかった。
そんなことも知らずに娘の未来は今から動物園を楽しみしている。
「ピカチュウいるかな~」
恵と一馬はなにか言いたげに娘を見てから顔を見合わせ、そしてまたぎこちなく視線を皿に落とした。最近会話が減っていたが、一馬はなんて言ったらいいのか分からず、絶妙に味付けされたポトフを黙々と食べた。