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第29話


     ○


「……今度の休みだけど」

 夕飯の席で一馬がそう言い出すとAIに言われた通りのレシピで作ったポトフをテーブルに持ってきた妻の恵に言葉を遮られた。

「どうせ山でしょ」

 恵はポトフを小皿に取り分けて娘に渡す。一馬には空の皿だけを渡した。一馬は自分で取り分けながら続ける。

「いや、またあの島に行ってこようと思うんだ」

 一馬がそう言うと恵の表情が微かに変わった。少し心配そうにする。

 一方娘の未来は羨ましそうだ。

「しまってうみのとこ? あたしもいきたい~」

「どこか悪いの?」

 一馬は安心させようと笑いかけた。

「義足自体はすごくいいよ。だけどまあ、定期点検で行っておこうかなと思って」

 はっきりしない一馬に恵は眉をひそめて食事を始めた。

「そう。じゃあ行ってきたら?」

 素っ気ない恵に未来はせがんだ。

「あたしもいくー」

「ダメ。未来はどこも悪くないでしょ?」

「でもいきたいー」

「ダメ。ほら食べて」

「ねえパパ。つれてって」

 娘にせがまれて一馬の心は揺らいだが、恵が未来を睨み付けると思いとどまった。

「そんなことばっかり言ってたらもうごはん作らないから」

「じゃあおかしたべる」

「おかしも買ってあげない」

 未来は顔をしかめて泣きそうになる。一馬は慌てて提案した。

「じゃあ次の次の休みはお出かけしような。どこがいい?」

「どうぶつえん」

 一馬は海じゃないのかと思ったが笑って頷いた。

「うん。じゃあ行こう」

「やったー」

 喜ぶ娘に目を細める一馬だったが、不満そうな妻を見てまた気持ちが重くなる。

 恵は静かに食事を取りながら一馬に聞こえるよう呟いた。

「どうせ山に行くためでしょ」

 ある意味では見透かされていた。しかし今の一馬はできれば山に行きたくなかった。正確にはまた山に行きたいと思えるようになりたいのだ。

 そのことを妻に相談しようとしたが、行けるようになればまた不機嫌になると思い、言えなかった。

 そんなことも知らずに娘の未来は今から動物園を楽しみしている。

「ピカチュウいるかな~」

 恵と一馬はなにか言いたげに娘を見てから顔を見合わせ、そしてまたぎこちなく視線を皿に落とした。最近会話が減っていたが、一馬はなんて言ったらいいのか分からず、絶妙に味付けされたポトフを黙々と食べた。


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