「テクノロジーは万能ではありません。いつだって限界がある。それを少しずつ伸ばしてきただけなんです」
エベレスト単独登頂を計画していると言う一馬に空野はそう告げた。一馬は頷く。
「絶対の安全なんて存在しない。それは分かってます。だけど俺は証明したいんです。両足を失ってもできることがある。テクノロジーが進歩した今ならそれが広がったんだと」
一馬の言葉には熱意があった。空野は腕を組んで考える。
「山頂の気温は一番暖かくてもマイナス二十度。気圧は地上の三割ほど。頂上までは八千八百メートル。その状態で安定して動かすとなればかなり特殊な仕様にしなけりゃならなくなる。見積もりを取ってみないと分からないですけど、多分豪邸が建ちますよ」
「お金はなんとかなりそうなんです。でも短時間で組み上げられるメーカーがなくて……」
「でしょうね。動作検証もしないといけないですし、下手に協力して失敗すると人殺しの不名誉を背負う羽目になる。リスクとリターンがまるで合わない」
俯く一馬を見て空野は嘆息した。
「娘さんも大変なんでしょう? なんで今そんな危険なことをする必要があるんですか?」
「今じゃないとダメなんです」
一馬は目に涙を浮かべながら自分の両膝を掴んだ。
「このままだと未来はずっと引け目を感じながら過ごしていかないといけない。自分は大人になってからだったからなんとかなりましたけど、子供の時だったら耐えられてない。だからこそ俺がやらないといけないんです。身近な人間が同じ境遇でも強く生きていく。自分は劣ってるんじゃなくて他人と違うだけなんだと分かってもらうためにも。娘はもうすぐ小学生です。やるなら早いほうが良い。少しでも早く娘を勇気づけたい」
空野も一馬の言い分は十分理解できる。だがやはり危険はあった。
電脳義足でのエベレスト登頂は何例かあるが、単独では一馬が初だ。一人だとなにか起きた時に取り返しが付かない。助ける者が誰もいないのだから。
椅子に座り悩む空野の両肩に黒瀬が黙って触れた。空野が振り向くと黒瀬は泣きそうな顔で見つめてきた。空野はやれやれとため息をつき、そして根負けした。
「……分かりました。やれるだけのことはやってみます。だけど一つだけ約束してください。危なくなったら引き返すと。それも登山ですよ」
一馬は希望を目に顔を上げ、力強く頷いた。
「分かってます。家族を残して死ぬわけにはいきませんから」