芽衣が借りているアパートで三人はステーキを焼いて食べていた。
田川が料理を担当し、芽衣の手にはワイングラスが持たれている。甲斐はまだ未成年なのでオレンジジュースだ。だが二人とも顔が赤かった。
「最近昔の動画も見てるんですけど、やっぱりフェデ×ナダですよ。あの二人格好良すぎます」
「フェデとナダの間にバツ印を付けないで。それにもし付けるんならナダ×フェデでしょ」
「あ! そうかも! さすが松浦さん!」
サラダを盛りながら田川が「おいおいお前ら。神への冒涜だぞ」と呆れている。
田川は顔が赤くなった甲斐を見て芽衣を睨んだ。
「まさか飲ませたんじゃないだろうな?」
「飲ませるわけないでしょ。高いのよ。このワイン」
甲斐はへらへらと笑った。
「あたしお酒弱いんですよ。匂いだけで酔っちゃうんです」
芽衣は内心良いことを聞いたと思った。試合前に酒を飲ませれば勝てるというわけだ。
そこまで考えて芽衣は苦笑した。勝つということはそういうことではない。コートの上で勝たなくてはならないのだ。
試合前に妨害することは卑怯だが、コートの中で起きたことは卑怯ではない。つまり通常より出力の高い義手を使うのは問題ないと芽衣は思っていた。
大事なのはテニスで倒すことだ。そのためにやれることはやる。分厚い肉を食べながら芽衣はそう覚悟していた。
一方で甲斐は気楽そのものだった。試合中と同じくどこまでもリラックスしている。
「お二人って付き合ってるんですか?」
甲斐はニヤニヤしながらそう尋ねる。田川は肩をすくめた。
「どうだろうね」
すると芽衣がムッとした。
「思わせぶりなことを言わないで。そういうのじゃないわ。今はテニスのことしか考えられないし、昔から嫌いなのよね。男のせいにしてダメになる女って。練習量が減ったり、夢を諦めたり。そういう子を何人も見てきたわ」
「でもそれはそれで幸せじゃないですか?」
甲斐はデザートとして出てきたフルーツをもぐもぐ食べる。芽衣は辟易とした。
「あなたも彼氏とかいるの?」
甲斐は「いないです。できたことないです」と涙目になる。「ずっとテニスばっかりだったんで。好きな先輩とかもいたんですけど。ほら。あたしはもうプロだし、高校も辞めちゃったから会えなくて。そしたらなんか彼女できたみたいって友達から連絡が……」
「あなただったら男に不自由しないでしょ。もう一生分稼いでるんだし」
「あたしの価値ってお金ですか?」と甲斐はショックを受ける。
「それとテニスでしょ。わたし達の価値なんて」
「……まあ、そうですね。でも青春したいなあ。そういうことって思いませんでした?」
「思わない。目標はそこじゃないから」
甲斐は哀れみを持って田川を見つめた。
「田川さんって日本からずっと松浦さんについてきてるんですよね」
「そうだね」
「……なんか、かわいそう」
「分かってくれて嬉しいよ」
田川は冗談っぽく笑い、クラッカーを摘まんだ。
芽衣は色々と文句を言いたかったが、なにも言わずにワインを飲んだ。
芽衣だって少女漫画のような青春がしたかった。だけど無理だった。腕がなくなり、その虚しさを補うように義手テニスにのめり込んだ。
テニスが芽衣の青春だ。そしてプロ選手というのは多かれ少なかれそうなのだろう。だから芽衣は普通の青春を持ってなかったが、そのことを誇ってもいた。
だからプロになり、今まで続けることができているのだから。