翌朝。玄関のドアが開く音がして芽衣は目を覚ました。
ここは日本ではない。銃を持った強盗に殺されることだってある。このアパートのセキュリティは良い方だが、だからと言って安全が確保されてるわけではなかった。
芽衣が一抹の不安を感じながらリビングへ行くと誰もいなかった。不思議に思い窓の外を見るとジャージ姿の甲斐がランニングに出かけるところだった。
芽衣は窓を開けて声をかける。
「西の方は行かないで」
「あ。松浦さん。おはようございます」
甲斐は声に気がついて笑顔で挨拶する。芽衣は左側を指差した。
「あっちはやめといた方がいいわ。この前銃で撃たれた人がいるから」
「マジですか? こわぁ~。でも日課なんで行ってきます。三十分くらいで戻りますから」
甲斐は芽衣に手を振ると右へと舵を切り走って行った。早朝から三十分のランニング。このあとトレーニングもあるのに熱心なことだ。
芽衣は焦りを感じた。走っていない自分がダメに思える。
だが同時にもう若くない自分がいた。オーバートレーニングは怪我の元だ。今怪我すればパラリンピックへの道は閉ざされるだろう。
芽衣は走り出したい衝動を抑えながらも甲斐のことが羨ましくなった。同時に自問する。
(一七歳の頃の私ってあんなに練習してたからしら?)
才能は磨かなければ光らない。甲斐が一七歳にして世界ランカーの由縁が分かった気がした。天才だらけのこの世界だ。才能の上にあぐらをかいていて成功できるわけがない。できたとしても一時だけだ。
彼女はきっとこれからの日本を背負って立つ。芽衣はそのことに期待しながらも今だけは勝たしてくれと願った。