○
「それで病院で検査は受けましたか?」
スマートデバイスの画面に映る空野は呆れていた。芽衣は首を横に振る。
「いえ。今は痛みが治まりましたし、一応AIに診せたんですけど、一時的な神経痛だろうと」
「一時的、ね。今はそうでもいずれ慢性化しますよ。慢性化で済めばいいですけどね」
芽衣の体は想像以上に張っていた。全身の筋肉が硬直し、次の日は休暇を取った。
芽衣は自分が思っているより義手の出力を上げていた。コントロールできている気でいたが、熱くなるとどうしても疎かになる。問題は芽衣自身がそのことに気付いてないことだった。アドレナリンと集中力が意識的な力のコントールを阻害していた。
「それで、あの……」
「派遣の件ですね。でもアメリカともなるとそれなりに費用がかかりますよ? 飛行機代だけじゃなくて滞在費もです。セッティングは保証がありますけど」
「大丈夫です。こちらから行ければいいんですけど、さすがに時間がなくて」
「でしょうね。分かりました。うちの黒瀬を送ります。迎えは結構です。ああ見えて英語は喋れるんで。住所だけ送ってください。経費はあとで請求させてもらいます」
「助かります」
そこでビデオ通話は切れ、芽衣は嘆息した。
ようやくだ。ようやく世界と戦えると思った。夢が叶うと思った。
だがそんな淡い期待はあの痛みによって吹き飛んだ。試合中に痛みが出ればまともにプレーできない。どうにかして制御しなければならない。
アパートのリビングでうなだれる芽衣を見て田川は優しく笑いかけた。
「大丈夫だって。義手を変えたんだ。重くなってるってことを除いても体が慣れるまでなにかしら起こるよ」
「……そういうのだったらわざわざチューナーを呼んだりしないわよ」
これまでも何回か痛みを感じることはあった。だが昨日の痛みはそれとは全く違うものだ。肉体が悲鳴を上げているのがよく分かる痛みだった。
全力とは言えたった一試合でこんなことになるなんて思いもしなかった。やはり頼り切ることはできない。結局最後にやるのは人間でその肉体だ。そのことを再確認した。
だが生まれ持った肉体だけでは甲斐に勝てないのも事実だ。もう少し上手くやりくりをしないといけない。そう考えてAIチューナーをアメリカに呼ぶことにした。
当然アメリカにもチューナーはいるが、見られれば義手のことを気付かれる可能性が高い。コソコソするのはイヤだったが、背に腹は代えられなかった。
心配そうな田川が芽衣の肩に手を乗せた。
「あんまり無理をするなよ。元に戻すって選択肢もあるんだからな」
芽衣は俯きながら田川の手を振り払った。
「ここまで来て退けるようならもうとっくにそうしてるわ。最後なの。だからやりきらせてちょうだい」
芽衣がそう言うと田川はもうなにも言わなかった。