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第51話

 翌日。芽衣はコートに復帰していた。

 まだ軽く筋肉は張っているが、昨日田川に入念なマッサージを受けたおかげで随分楽になっている。

 当初はサーブとフォアハンドで試合を決める計画だったが、今日からは軌道を変更した。

 元からある技術を生かす。芽衣の得意技はバックハンドのストレートだ。粘って粘ってスペースを空け、そこに狙い澄ました一撃を放つ。

 しかし上位勢だとそれさえも追いつかれ、しかもカウンターを食らうことが多かった。だが出力を上げれば今まで決められなかったショットも決まるようになってくる。

「横着するな。自分のスタイルを貫け」

 田川の指示に芽衣はムッとしたが、現状それがベストなこともまた分かっていた。

 強烈なサーブを撒き餌にし、フォアハンドは従来通りコントロール重視。相手のイヤなことをしつつ、バックハンドの打ち合いで制す。

 芽衣も意外だったが今まで長期戦のために使っていたバックスライスが効果的に作用した。元々弾まないボールだったが、回転量が上がって更に厄介な軌道になった。

 練習相手のアメリカ人もWOWと言って目を丸くするほどだ。

 低いボールを打たれるとどうしても返球が弱くなったり高くなったりする。そこを今度は強烈なトップスピンで仕留めた。

 それは芽衣が求めた新しく強靱なスタイルではないが、積み上げてきたもので更に一段上の領域に登ることができたのは嬉しかった。

 だが同時にこれだけでは本物の才能を倒すことは難しいとも思っている。

「良い調子だな」

「……まあね」

 田川に褒められても芽衣は気が乗らない返事しか返さない。悪くはない。だが甲斐との試合で見せたようなねじ伏せるテニスはすっかりなりを潜めていた。

 隣のコートでは甲斐が鋭いショットを放っていた。欧米人相手でもパワー負けしない身体能力。アジア人特有のスタミナ。そして強者だけが持つメンタリティー。

 それらを兼ね備えているのは手合わせすれば痛いほど分かった。

 勝つためには犠牲を払わないといけない。そう再認識すると芽衣の左手に汗が滲んだ。

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