痛みは朝にやってきた。
芽衣が一晩寝て起きると肩の周辺がバチンと痛んだ。昨日無茶をしたのが今になって悔やまれる。だがああするしかなかったとも芽衣は思っていた。
朝食を用意するためにやってきた田川はすぐ異変に気付いた。
芽衣のスープを掬う手が慎重になっていた。
「痛むのか?」
「……問題ないわ」
「俺は痛むのかって聞いてるんだよ」
田川が芽衣を睨んだ。芽衣はそっぽを向いて食事を続ける。田川は呆れて嘆息する。
「あのさ。お前はたしかにベテランかもしれない。だけどまだ三十代なんだ。テニスをやめても人生は続いてく。いや、今年を諦めてもまだパラリンピックに出られる可能性だってあるはずだ。フェデラーもナダルも三十超えてからが強かった」
「でもその二人だって肉体の衰えには勝てなかったわ。努力もあっただろうけど、私から言わせれば才能が支えていただけよ。そしてあたしにはそれがない」
芽衣は顔を上げて田川を見つめた。
「今だけなのよ。これが最後のチャンスなの。私の体は私が一番良く知ってる」
芽衣の目は決意で満ちていた。
「私はやめない。だから……支えてちょうだい。できればだけど……」
俯く芽衣に田川は少し驚き、そしてやれやれと頭の後ろを掻いた。
「その心配だけはしないでいい。でもだからこそ止める権利もあるはずだ。もう無理だと思ったら棄権させるからな」
芽衣は自分の右手を見つめてから静かに頷いた。
「あなたにまかせるわ」
それを聞いて田川はまたため息をついた。