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第62話

 黒瀬と明里が仲良くなるとよく二人で施設を抜け出した。

 施設でも学校には通えるが、基本はスタディールームでオンライン授業を受けるだけだ。

 遊ぶ場合も大抵は施設内の広場か近くの公園くらい。黒瀬はそれでも十分だと思っていたが、行動力のある明里が満足できるわけがない。

 明里は時間があれば黒瀬を誘い、瓦礫に溢れた東京を散策した。

 東京の道路には二色の線が引かれている。赤色と青色だ。

 元々白線だったものをロボットが全て赤色に変えた。除染が終わればその色が青色になる。二人は青色の線を見つけてはそちらの方向に進んだ。

 人気のない東京の街を二人の少女が進んで行く。

 バッテリーを温存するために明里は車いすを押していった。電力消費の大きいAIはほとんど動かず、電動自転車のように車輪の補助をするので重い車いすも軽々進む。

「青色増えてきたねえ」

「でも人は戻ってこないから意味ないよ」

「しょうがないって。イッキョクシューチューのせいでこうなったんだし、今だと静岡とかがすごいんだって。たくさんビルができてるって。杏ちゃんは行ったことある? 静岡」

「ない。どこにあるかは知ってるけど」

「富士山のところだよね。富士山がどこにあるかは知らないけど。いつか行ってみたいね」

「……行っても登れないし、べつにいい」

「でもデンノー義足ってのがあれば登れるらしいよ」

「いくらすると思ってるの? 片方だけで八百万。両足だと一千五百万。腕も合わせると二千万円を超えるんだから。保険にも入ってないし、買えるわけがないでしょ」

「お金かー」

「お金だよ」

 子供にはどうしようもない問題だ。身寄りがないなら尚更だった。

 高校を卒業してからオンラインで大学を卒業したとしても二千万もの額を払うのは厳しい。黒瀬にはそれがよく分かっていた。だが明里は呑気に笑う。

「でも希望があるっていいことだよ。ないよりは全然いいと思う」

「……それはそうかもしれないけど」

 黒瀬は俯くが明里は前だけを見て笑っていた。

「それにもし買えなくてもあたしが押してってあげるから」

「……富士山が何メートルあるか知ってるの?」

「多分富士見坂ぐらいじゃないの? 富士山が見えるってことはきっと同じ高さなんだよ」

「……もしそうなら三角比なんて生まれなかったかもしれないね」

 黒瀬は呆れて嘆息する。それで内心楽しく思っていた。

 明里は黒瀬が今まで行ったことのない場所に連れ出してくれる。生まれた時からずっと施設で過ごし、そしてほとんど出たことのない黒瀬にとってはどんな景色も新鮮だった。

 歩いてると明里が「あ」と声を出す。黒瀬が顔を上げると放置された車の側に子猫が二匹じゃれていた。明里の顔がほころぶ。

「かわいい~。なに食べてるのかな?」

「さあ? でも多分ネズミとかだと思う。元々多かったみたいだし」

「え~。ネズミっておいしいのかな~?」

 明里は顔をしかめるが、子猫たちは呑気に遊んでいる。互いに猫パンチを繰り出すが空振りしてばかりだ。そのあまりの愛らしさに二人はゆっくりと近づいていった。

「触れると思う?」

「多分。こっちが攻撃しなかったら」

 子猫たちは二人の存在に気付いた。大きな目で二人を見る。だが警戒というよりは好奇心で見ているみたいだ。

 あと少しで触れる。そんな時に近くの道路から爆音が響いた。それは旧型のエンジン音だった。それを聞いた子猫たちは一斉に逃げ出し、物陰に隠れてしまった。

 黒瀬と明里はがっくりと肩を落とす。明里はむっとして国道の方を睨んだ。

「また走ってるよ。暴走族」

 大戦中、AI導入の義務化により旧式の車が一斉に廃車となった。そのせいで高級車が二束三文で売られることになる。AIなどの安全装置を詰んでないので本来は公道で走れないが、ヤードなどから持ち出しては若者達が走らせていた。

 人のいない東京では今も深夜には公道レースが盛んに行われている。警察もまだ除染が終わっていない道路には立ち入れない。封鎖しようにも東京は道が多すぎた。彼らはそこを逆手に取っていた。

「走るしかないんだよ。こんな時代だから」

 黒瀬には彼らの気持ちが少し分かった。ほとんどが低収入か無職の若者達だ。金もなく、AIのせいで満足な職も残っていない。そんな彼らなりの抵抗なんだろう。

 なにより黒瀬は自由自在に動き回れるのが羨ましかった。今の車なら自動運転で手足がなくても移動できる。体に縛られず自由に生きられる彼らのようになりたかった。

 子猫が逃げた茂みを見つめながら明里は珍しくため息をつく。

「あ~あ。猫飼いたいな~」

 それはちょっとしてみたいと黒瀬も思った。だが言わなかった。

 施設でペットを飼うことはできないし、できたとしてもこの手足じゃ世話は無理だから。なにより猫にまで拒絶されたらと思うと怖かった。

 だけどもし将来電脳義肢を手に入れることができたら飼ってみたい。最近の黒瀬はそんなささやかな夢を持つようになっていた。

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