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第66話

 翌朝。二人は持ってきたおにぎりを食べて、水道水を飲んでから公園を出発した。

 時折すれ違う除染ロボットに挨拶をしながらゆっくりと南下していく。

 昔では考えられないが、除染が終わった空き地には田畑が作られていた。土地の持ち主が作っている場合もあるし、自治体が作っている場合もある。戦後に食料高騰した時の名残だ。二人はそこから少しだけ野菜を拝借して飢えを凌いだ。

「充電どうしよっか?」

「泊まる場所があればいいけど、それが無理ならどこかでしないと。多分明日には切れると思う。そしたら重くて押せなくなる」

「誰かが泊めてくれればいいのにね」

「どうだろ。その人が怖い人だったらわたし達だけじゃ逃げられないし、それも考えたらどこかの空き家で生活するとか、身分を隠して別の施設で生きる方が無難だと思う。顔写真を撮られなきゃだけど」

 孤児などを保護する施設に顔写真を撮られるとAIがすぐさま行方不明者を検索してしまう。民間や古い施設ならそれも免れるが、東京周辺では望み薄だ。

「家があったらいいのにねえ。そこで野菜を作って生活するの。余ったら売ればいいし」

「人口減少で空き家は増えてるから家自体は見つかると思うけど、電気代とか水道代を払うのが大変だと思う。子供だとそういう契約もできないだろうし」

「う~ん。早く大人になれればいいのにね。そしたらあたしが働いて杏ちゃんと一緒に暮らせるよ」

「スマートデバイスさえあればわたしだって働けるけどね」

 黒瀬はバッテリー切れになったスマートデバイスを握りしめた。急だったので充電をしてなかった。ただ車いすと違い、スマートデバイスにはGPSが内蔵されているので電源を入れればすぐに居場所が分かってしまう。

 見切り発車のせいで手詰まりになっていく。それを感じながらも二人は笑顔だった。

「自由になるって大変だねー」

「まあね。でも、楽しい」

「うん。それが一番大事だと思う。痛いのとか怖いのはもういいよ。人生は楽しまなくちゃ。でないと生まれてきた意味が分かんないって」

 明里が笑うと黒瀬も笑った。今ならどんなことでもできると思えた。そんな二人は振り向くことなく進んでいく。

 やけに多い警察の車両から身を隠しつつ、放射能汚染の酷い地域を迂回する。それも車いすを押しながらだ。そのせいで品川区の中でかなり時間がかかった。

 足は重くなり、疲労で口数も少なくなる。その上日も暮れて今日の寝床を探そうとしていた時だ。突如として辺りに爆音が鳴り響いた。二人は目を見開いて驚く。

「なに?」

「多分暴走族だと思う。警察から逃げてるんだよ」

「やっぱりこっちは本場だね。どうする?」

「青色の方に行った方がいいかも。前もお年寄りが轢かれてたし」

「じゃあそうしよっか――」

 明里が頷いて方向転換しようとした時だった。前の道路からセダンがこちらにドリフトしながらやってくる。その後ろには自動運転のパトカーがついている。

「ひっ!」

 自分達の方へとすごい勢いで加速してくる二台を見て二人は竦み上がった。

 セダンを運転していた若い男と目が合う中、なんとか当たらず済む。だがセダンが無理に回避したせいですぐそこで横転した。

 パトカーは逆さまになった車の前で停まり、中から警官が二人出てきた。

「あちゃー。こちら六番。追跡中のセダンが横転。救急車お願いします」

 一方の警官がインカムで応援を呼ぶ中、もう一人が黒瀬達の気付いた。

「お嬢ちゃん達大丈夫? ここは危ないから早く帰った方が良い」

「あ、はい。すいません」

 明里がそう言って車いすを押し出すと、もう一人の警官が呼び止めた。

「ちょっと待って。一応住所と連絡先を教えてもらえるかな?」

 慌てる明里の側で黒瀬が答えた。

「家はすぐそこです。連絡先は教えたいんですけど、デバイスの充電が切れちゃって」

 そう言いながら黒瀬は明里に目配せをした。左手の道は狭くてパトカーは通れない。

 警官は二人を見てまた怪しみ、ドアを開けた。

「充電なら車内でしてあげるよ」

「大丈夫です。家でするんで」

 するとまた周囲に爆音が鳴り響いた。どこかで別の車が走っているらしい。その音に紛れて救急車のサイレンも聞こえる。インカムからは応援要請が聞こえた。

 警官達も忙しい。わざわざ二人の少女に構っている時間もなかった。

「……分かったよ。じゃあ写真だけ撮らせてもらえるかな。ないとは思うけど、見張りってこともあるからさ」

「あたし達そんなことしないですよ!」と明里が抗議する。

「それはこちらが決める。いいね?」

 そう言うと警官はスマートデバイスを取り出した。顔写真を撮られれば終わる。すぐに検索されて行方不明者として保護されるだろう。ここが潮時だった。

「明里!」

 黒瀬がそう言うと明里はすぐに車いすを方向転換させて小道に逃げ込んだ。後ろで警官が「止まれ!」と叫ぶ中、二人は走って行く。

 バッテリーは消費するが車いすを加速させると黒瀬が叫んだ。

「乗って!」

「う、うん!」

 明里が車いすに飛び乗った。小さな体が座席でくっつく。車いすは狭い道を快走し、追ってくる警官を振り切った。それを見て二人がホッと一安心をする。

 だがそこでバッテリーが切れ、車いすは急に制御を失った。

 止めようにもスピードのせいで止まらない。フレームが塀に当たって減速したところで明里が飛び降り、そしてなんとか取っ手を握って止めようとする。

 十数メートルほど引っ張られたところで車いすはなんとか止まった。

 二人はまた安堵して笑いあう。

「危なかったー」

「そうだね。とりあえずどこかに隠れ――」

 黒瀬がそう言いかけた時だった。道路の真ん中に出ていた二人は走って来た車に衝突され、その衝撃は小さな体は宙を舞った。

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