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「開発部の連中から聞いたんだけどさ。次の女性用ドールってアタッチメントを変えなくてもちゃんと勃つんだって」
昼休み。空野が食堂でラーメンを食べている時に同期の沖田は面白そうにそう告げた。
「……興味ないな」
「勃つだけじゃなくて出る機能も付くらしい」
「……出るってなにがだよ?」
「それは俺も詳しくは知らないけど」
それはよくある世間話であり、業界の話だった。こんな話がそこかしこでされている。
他のメーカーの胸は本物みたいな感触だとか、キスをするのはどのメーカーのドールが上手いのかとか、くだらないが仕事の話でもあるので聞きたくないとは言えなかった。
もう一人の同僚、松宮も定食を食べながらスマートデバイスでカタログを広げる。そこにはドールがずらりと並んでいた。
「一体七百万から。社内割引でも六百万弱かー。こういうの買うのって金持ちだけなんだよな。まあポルシェ工場で働いている人はポルシェ買えないのと同じか」
「自社の製品なんか買えるかよ」沖田が箸で松宮を指す。「買ったら社内の奴に持ってるのバレるんだぞ。そしたら一生彼女なんてできねえよ」
「そういうの諦めてる人は買ってるみたいだぞ。なんだかんだ言って割り引きがでかいからな。ほら。開発部の田沢。あいつも買ったんだって。一番安いの。それで色々カスタムしてるって聞いた」
「マジ? ドールってどうなんだろうな? 人間より良いとか聞くけど」
「田沢曰く『もう女なんていらねえ』らしい。気になるなら製品テストに参加してみろよ」
「そんなの彼女にバレたらフラれるわ。でもあれって誰が参加したかは秘密なんだよな?」
「一応な。ここだけの話。結構女の方が参加率高いらしいけど」
「全然秘密じゃねえじゃん」
空野にとってはくだらない話でしかなかった。いくら精巧にできているとは言え、ロボットはロボットだ。外にも出られないし、なにより生きていない。
空野がやりたかったのは生身の人間と向き合うことだ。その人達の一助となることだ。満たされている連中に更なる快楽を与えることじゃない。
松宮が笑いながら空野にカタログを見せてきた。
「なあ空野。空野はどれが欲しい? 二十代? それとも十代とかか? もしかして最近マニアに人気の三十代か?」
「俺は電脳義肢の仕事が欲しいよ」
「なんだよ。つまんねーな」
「悪かったな」
空野がそう言うと二人はまたドールの話を続けた。どうすれば彼女に見つからずにドールを買えるが議題だ。
ドール造りが好きな者達の中で空野は明らかに浮いていた。もちろんこれだって立派な仕事だ。だがやりたい仕事ではない。かと言って電脳義肢部門に戻れてもやりたいことができるとは限らない。
モヤモヤは積もりばかりだが、解決策は一向に見つからなかった。いっそのこと別業種にでも行って義肢から離れるのもいいかもしれない。
そんなことを考えている空野の隣のテーブルでは、女子社員達が理想の男性器について議論を交わしていた。それを聞いて空野は自然とため息が出た。