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2章…第7話

「…お前もしかして、彼氏でもできたか?」


嶽丸が作ってくれたたまご雑炊を食べて元気に出勤すると、私を見たケンゾーに怪しげに言われた。


「は?…もぅ…今どきそんなことをスタッフに言うなんて、セクハラ案件ですよ?」


そう言いながら、昨夜情熱的に嶽丸に抱かれたことを思い出して心臓が跳ねる…


「そうか?…俺、もうすでにお前に何回も聞いてるけど?」


「そうでした。じゃ、訴えますのでよろしくお願いします」


冗談めかしてそう言えば、何気に嬉しそうな笑顔になるケンゾー。

…訴えられて楽しい…?


それにしても…やっぱりそういうことって外側に出てしまうものなのかと、ちょっと不安になる。


ほら…よく言うじゃない?

いい男に愛されて抱かれて、女は綺麗になるとか色っぽくなるとか…


…やだっ!私もそうなってるとか…?!


…思わずそばにいるケンゾーの腕をバシっと叩きたくなる…!



不埒なことを考えている私に、ケンゾーは真面目な表情で話しだした。



「実はな、お前に先に伝えておく事がある」



ケンゾーに促されて事務所のソファに座ると、ある人物の履歴書を見せてきた。



「慎吾が帰ってくる」


「…え」


「和臣の代わりとしてだ。実はあいつとはここ数年やり取りしていて、また俺のところで働きたいと言ってきた。で、あいつの手腕を見込んで受け入れようと思っているんだが…」



ケンゾーが私に向ける視線には、心配と、どこか探るようなものが見て取れる。


また和臣みたいなことにならないか、過去に何もない相手か、聞きたいみたいだ。



「慎吾さんは…」



川俣慎吾…33歳。

彼は私の4年先輩で、美容師としての基礎を叩き込み、スタイリストになるまで教育してくれた人。


明るくて優しい人ながら仕事に関しては厳しく、私たちアシスタントの練習にもとことん付き合って面倒を見てくれる人だった。


「…素晴らしい人で、尊敬してる先輩です」


本当のことを言うと、少しだけ恋心を抱いたこともある。

まだ、20歳そこそこの頃の話。



「そうか。慎吾は和臣と同じような仕事を任せるつもりだから、お前とも顔を合わせることは多くなるが…大丈夫だな?」



ケンゾーはそう言って身を乗り出すようにして、私の顔を覗き込む。


「はい。大丈夫です」


私の恋心が再燃するなんて、あるわけない。

…だって私は、ずっと1人で生きていくんだし、それに今は…。



「ところで…ヘアショーだが…」


話が変わって、私は再び目の前のケンゾーを見つめると、私が渡しておいたファイルを見ながら聞いてきた。


「お前…モデル変えたのか?」



他店舗の出場者、谷村康介とまさかのモデル被りで、私が新たにモデルを立てなければならなくなった件。



「そうなんです。…そこに書いてあるように、黒崎嶽丸さんという26歳のエンジニアの男性です」


「身長、186…?リアルにモデル体型ってこと?」


「はい。それはもう…すごいイケメンで…」


…話しながら、ちょっと口元が緩む。嶽丸のことを自慢してるみたいでくすぐったいのにニヤける。


私は頼まれてもいないのに、嶽丸の写真を見せた。


それはパソコンデスクの前でゲーミングチェアに座る嶽丸。


ふとこちらを向いた時、気まぐれに撮影したものだ。


自然な表情は、よく私に見せるスケベな顔ではなく、ちょっとデキるSEってわかる感じ…!


「へぇ…ずいぶんなイケメンだな。…遊んでそうだけど」


「遊び人はそうみたいです…けど、結構包容力があって…あ、実際頼まれてモデルをやってたこともあるみたいです」


「ふぅん…親しいみたいだな」


「…あの!幼なじみなんです!本当に、幼なじみで…」


わかるはずないのに…昨夜のことを悟られないようにと、私は幼なじみを強調してしまう。


「そうか、まぁいいや。それじゃ、事前リハの時に会えるな。…楽しみにしてるわ」


はい…と言いながらソファを立ち、私は少し険しい表情のケンゾーに見送られて事務所を出た。


………


「初めまして…の人がほとんどかな?川俣慎吾と言います。これからマネージャーとして盛り上げていくので、これからよろしくお願いします」


3日後、慎吾先輩が出勤してきて、皆の前で挨拶をしてくれた。


各々自己紹介を終えると、改めて私のそばに来て、慎吾先輩が眩そうに見つめた。



「…しかし美亜は、見違えるほど大人になったな!」


「…はい、それはもう、アラサーですから」


つい下を向いてそう言えば、慎吾先輩は昔と同じ笑顔を返してくれた。



「早速歓迎会…と言いたいところなんですけど、もう間もなく、ヘアショーが控えてまして…」


「うん、それは聞いてる。準備はもう終わってるんだろ?本番は、4日後だな」


「はい。で、今日は初の事前リハーサルなので、慎吾先輩にもお付き合いいただきたいと思います」




ヘアショーは、湾岸エリアにある、収容人数2000人の会場で行われる。


…嶽丸とは、会場前で落ち合うことになっているんだけど、なんだかドキドキする。


すでにどんなイメージでモデルをやってもらうかは相談済み。




「…どうせやるなら、遠慮すんな」



私の提案に、軽く喝を入れる嶽丸。



「こういう場面で無難にまとめようとすると余計にハズいぞ?どうせなら、圧倒的に目立ってやろうじゃん」



ふふん…と笑う笑顔は、何かを企んだときの少年みたい。


そんな嶽丸の「ふふん…」と笑うバリエーションを、いつの間にかたくさん見たな…って、ちょっとくすぐったく思いながら…



「じゃあ、思いきってこんなのはどう?」



嫌がるかな…と思ったのに、大きな◯をくれた嶽丸。


今日は初めて、皆の前でそれを表現する。


会場の前で嶽丸を待つ私のところへ、ケンゾーと慎吾先輩がやってきた。


「…そろそろ皆集まってるぞ。美亜のモデルは?…たけ…なんだっけ?」


嶽丸です…と言おうとしたところで、後ろからガシッと大きな手が肩に乗った。


「嶽丸。黒崎嶽丸です」


振り向くと、白シャツに迷彩柄のゆるいカーゴパンツ、薄いブルーのサングラスをした嶽丸が、圧倒的な存在感で立っていた。


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