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2章…第8話 Side.嶽丸

振り返って俺を見た美亜の、安心したようなホッとしたような笑顔は、家にいる時と一緒で可愛い。



「紹介します。こちら、私の幼なじみで、今日モデルを務めてくれる黒崎嶽丸さんです」



紹介する美亜の顔が赤い気がする。


…ったく、いろいろ隠すのが下手で笑っちゃうけど、美亜らしくてつい愛しい視線を注いでしまう。



「私はオーナーの田村健三。それから…」


「マネージャーの川俣慎吾です。美亜…霧島さんの4年先輩で、数年ぶりに再会したばかりです」


美亜のそばに立っていた男たちから名刺を受け取り、オーナーと名乗ったケンゾーという男をもう一度見る。


…これが経営者か。

ひと目でわかる仕立てのいいスーツ。

男っぽい外見はなかなかイケメンだ。

…俺ほどではないが。

それにわずかだが…俺への視線が険しい気がする。



「…よければ、君の名刺もくれないか?」



ケンゾーに言われ、一応持ってきた名刺入れから1枚ずつ2人に渡す。



「kazamiテクノロジー…?これは…ずいぶん大手企業のSEさんなんだね」


「そうですね。会社がデカいので、リモートで仕事ができるのが利点です」


本当は美亜と同居していて、俺は彼女の家政夫でポチなんだぞ…と言ってやりたいが、多くは語るなとクギを刺されているので断念した。


見ると…マネージャーの名刺はあっさりしたものだが、ケンゾーの名刺の肩書きは実業家とある。

裏に美亜の勤める美容室の名前と、見たことのある飲食店の名前がいくつも書かれていた。


…これを全部経営しているということか。


「あの…そろそろ準備に入りたいので、よろしいですか?」


美亜がそう言って歩き出すので、俺はさりげなく肩を抱いて続いてみる。


するとペチっと手を叩かれ、仕方なくおとなしくついていくことにした。


……………


リハーサルは無事に終了し、やがて4日後、今年のヘアショー本番…なるものが開催された。



朝からモジモジ落ち着きのない美亜。


早めに会場入りさせられたけど、俺に文句はありましぇん。



「先、どっちやんの?」


「…女子、かな」


「うん。いいねぇ」


俺もその方がいいと思ってた。

まずは掴みが大事。インパクトを与えたい。


鏡の前に座らされ、顔になんか塗られる。


「…嶽丸、男子のくせに肌綺麗だから…ベースメイクはあんまりいらないな」


「おてもやんにしてぇ…!」


「…うるさい。黙れ」


邪魔にならないようにという配慮か、今日の美亜はポニーテール。

細い首が綺麗だ…あぁ、ここにキスマークつけてやれば良かったな…


しゃべると怒られるので、俺は久しぶりに酒に酔った夜のことを思いだす。


あの日は、よく一緒に遊んでいた友達から急に飲みに誘われて、フラリと出かける気になった。


実は…美亜にセフレを言い渡され、2人の関係に期限までつけられたことがずっと頭の片隅にあって、らしくもなく…落ち込んでいた。


平気な顔でヘアショーの仕事に戻っていく美亜を見ているのが辛いと感じるなんて、なんか悪い病気にかかったと思うほどだ。


仕事でミスをしかけたほど…それくらい、あの日の美亜の話はショックだった。



飲み会では、取り巻きの女たちがしきりに俺にくっついてきて、膝の上に座って甘える子までいた。


いつもなら、そんな女たちに触れて癒され、いつもの俺に戻っていくのに…


やっぱりダメだった。

触れるのは美亜じゃないと全然ダメになってる自分を確認しただけ。


結局悪酔いして、驚く皆に適当に言い訳して、1人タクシーでマンションに帰った。


ドアを開けて美亜の靴があるのを見たら…もう何も…取り繕えない。


なのにまだ他の女を匂わせて…美亜に自分の本心を明かせない俺。


他の女と遊んできたなんて嘘をつきながら、美亜を猛烈に求めるなんて、本当にアホだよな。


でも、嫌だ…と言いながら、俺が触れれば途端に反応するのがたまらなく可愛くて…

またずいぶん激しく抱いてしまった。


そうなるのがわかってるから…ホテル以来手を出していなかったのに…



「嶽丸…?」


ふいに美亜に呼ばれ、目を開けると、目の前に少し頬を上気させた美亜のふんわりした笑顔。


「…わ、すご…」


「…ん?」


「い、いや、あの…じゃあ衣装に着替えてくれるかな…」


カーテンの向こうに、衣装が用意されているらしく、俺は立ち上がってそっちへ移動する。


…着慣れない服に手間取る。

これであってるのか?


…しばらくして美亜に声をかけられた。


「嶽丸、大丈夫?ちょっとチェックするから…開けるよ」


シャーっとカーテンを引く音がして、美亜が俺を見た。



「えぇっ!?ねぇ…ちょっと、すごい…」


「なにが?」



…鏡を見ていないので、何がすごいのかわからんのだが。


少し下がって、美亜が興奮を抑えるように口元に手を当て、上から下まで何度も見つめる。


…ちょっと気分が良くなって、適当にポーズをとってやれば…


「きゃ…っ!」


美亜が首まで赤くして上げる声の可愛いこと…。


「なに?もう完成したの?あとはステージ出るだけか?」


声をかけると、我に返ったみたいにちょっと寄ってきて、服のあちこちを直し始める。


最後に立った状態で、セットした髪とメイクを微調整しようとするので、つま先立ちになった美亜。


その姿がキュン死しそうなほど可愛い…。

俺はちょっとイタズラ心を起こして…両手を上げてガラ空きのウエストをギュっと抱きしめた。


…するとなんと…



「嶽丸…すごく素敵だよ…」


耳元で囁いて、そのまま耳にキスって…殺すつもりか?


「あ…ヤバい。ヘアが乱れた…!」


俺の方は…心臓の鼓動が乱れまくり…切ないような愛しいような気持ちが溢れて…困る…。


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