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2章…第9話

「Ladies and Gentlemen…!」


ショーが始まった…!


司会の男性のよく通る声が会場に響き渡り、全員が一斉にステージに注目する。


刺すようなライトが縦横無尽に流れ、司会の男性が、ノリのいい音楽に乗るようにリズミカルにしゃべりだす。


「ファッションとヘアメイクの自由な融合…このテーマに挑む、5人のアーティストを紹介させてください…!come on!」


舞台袖で見ていた私は、ちょっと緊張…派手な雰囲気は大の苦手…


「康介…谷村っ!」


私のモデルを横取りした他店舗のスタイリスト。

今日はスーツを着崩した感じに着ていて、とてもカッコいい…


次々に出場者の名前が呼ばれ、皆ノリノリでステージに出ていく。

そして思い思いのポーズを取って会場を沸かせているけど…


どうしよう…私ムリ。


だからこんな派手な演出はしたくなかったのに…ケンゾーの言いなりになってたらこんなステージになってしまった。


…今まではもっと落ち着いた雰囲気で、私たちスタイリストの技術がよくわかるステージだった…。


和臣がいなくなった途端この有り様…ダメだな。本当、私は。



「なに落ち込んでんの?」


私の後ろから、覆いかぶさるように顔を出す嶽丸。

モヘアが頬にあたってこそばゆい…


「…ちょっと、こんなとこに来ちゃダメじゃん!ステージで出来上がりを見せないと…」


「もう誰もいないぜ?」


そうだった。

皆紹介されてステージに出てる…

あとは…わ、私だけ?


途端に目が泳ぐ。指先が…冷たくなる。


「美亜」


頭の上から優しい声に呼ばれた。

見上げれば、そこに美しい人が微笑をくれる。



「美亜は世界イチの美容師だ。誰よりも働いて頑張ってる…だから、自信持って行け!」



もしかして、それを言いに来てくれたの…


ふわり笑う嶽丸と視線が絡んだ瞬間、私の名前がステージで響いた。



「みぃぃぃぃあっ!きぃりしまぁっ!」


「…ためすぎだろ?あの司会者…もっと普通に呼べよ」



文句を言う嶽丸に笑っちゃって…私は緊張を忘れて、ステージの光の中に出て行った。


………


「これから5人のアーティストが、それぞれのモデルに異なるイメージを2パターン作ります。まず初めは完成した姿を…そしてこのステージで、別のイメージに変身させます…まさに…


ファッションとヘアメイクの自由な融合…!!」



…慣れてくると大げさな司会者の話し方が面白い。


順番に自分で決めたテーマ曲と共に、モデルとスタイリストが揃って

ステージに出ていく。


私は最後なので、もう一度舞台袖で嶽丸をチェックする。



「…もう完璧ぃ…!どこも直すとこなぁい…」


じっと見つめられて、テレくさいみたいに言う嶽丸。


「…自分で言わないでくれる?」


でもホントに。その通りなんだけどね…!



そして、この美しい嶽丸を、ついに披露する時が来た。




「モデル…黒崎嶽丸、アーティスト…霧島美亜」


司会者の紹介のあと、私は嶽丸を先にステージに出し、少し遅れて後につく。




ライトが当たる嶽丸…

瞬間、どよめきが起きた。


少し長めのショートの髪をアイロンでウェーブにして…衣装は片方の肩を出した、オーバーサイズの黒のモヘアセーター。異素材のロングスカートをはいている。


メイクは…ダークな赤い口紅と、赤いマスカラ。ファンデーションなんてほとんど塗らなくても綺麗な肌で、十分メイクを際立たせていた。


186センチという長身の嶽丸が、まさに威風堂々と、見せつけるようにステージの先まで歩いていく。


その足取りはちゃんとしたモデルウォークで、歩くたび揺れるモヘアとサラサラした生地のスカートが本当に綺麗…。


会場に集まった人たちも見惚れる視線でじっと嶽丸を見る。


私も、ステージにいることを忘れて、嶽丸の姿をまばたきもしないで見つめていた。


焚かれるフラッシュの音が凄まじい。いろんな角度から、皆が嶽丸の瞬間を切り取ろうとしていて。


なんだか、感動して涙が出た。


私の頭の中にあったイメージを嶽丸にのせて、それを見事に体現してくれた。そして今、私の手を離れて一人歩きしている…


やがて、くるりとターンして、まっすぐ私のところに戻ってくる嶽丸。

それがまるでスローモーションみたいに見えて…まっすぐ見つめられた視線が熱い。


「…つかみは上々〜♪」


すれ違いざま、耳元でコソッと言われて、現実離れして見えても、ここにいるのは確実に嶽丸だと感じられて嬉しかった。



そして…舞台上で各自モデルを変身させる第2ラウンドが始まった。


皆すごく真剣な表情で、モデルを別のイメージに作り込む中、スタイリストの1人がメイクブラシを床に派手に落としてしまった。


こういう場合、落としたものをそのまま使うことは許されない。

別のもので代用するか、予備のものを使うか…


だいたい皆、アクシデントを予想して替えのものを準備している。


でも…確かあのスタイリストは今回初めての出場だったはず…


「…ヤバい…どうしよ…」


小さい声が聞こえてきたけど、両隣のスタイリストは自分のことで忙しいみたいだ。


「…ちょっと、行ってくる」


私は自分のメイクブラシを手に、そのスタイリストのところまで行って、道具を手渡した。


「まだ使ってないから、全部使える」


「え…でも、霧島ディレクターが…」


「私は大丈夫。…何回も出場してるんだから、よゆーだよっ!」


…嘘だ。

本当は緊張してガチガチ。

でも…今年は違う。



「さすがディレクターじゃん!カッコよっ!」


戻ってきた私の手を優しく握ってくれる、でっかいハートの嶽丸がいてくれるから、大丈夫。



やがて…続々と変身したモデルたちが、ステージを沸かせ始めた。


…さっきのスタイリストも、はじめの可愛らしいイメージのモデルから、恐ろしいほどの妖艶さを纏う女性に作り変えていた。


そして谷村康介も…

本当だったら私が担当するはずだった顧客の女性をモデルに、はじめとは真逆の、妖精みたいなナチュラルな雰囲気に作り変えてる。


どのスタイリストも、毎日の営業の中で勉強して努力して、悩んだり苦しんだりしながら今日のヘアショーを迎えたんだろうな…



「…完成?じゃあまた歩いてくるぞ」


感動する私とは反対に、あくまでも平常運転の嶽丸。


着替えのカーテンから勝手に出てしまい、それだけで歓声が上がる。



「…ちょっと待って!まだ最終チェック!」


もう一度カーテンを引くと、軽いブーイング…皆嶽丸を見たいだけなんじゃない?



「…あぁん…!もぅ…っ踏み台用意しとけば良かった…」


背の高い嶽丸の髪を整えるのが大変で、つい愚痴ってしまっただけなのに、ふと嶽丸の表情が変わる。



「…今のもう1回!」


「…ん?なにが?」


つま先立ちで忙しくチェックする私のウエストに、嶽丸の手が遠慮なく触れた。



「…あぁん…もぅ…ってやつ。今までで一番エロ可愛い!」


「なに言ってんだバカっ!」


だいたいここをどこだと思ってるんだか…!

カーテンが引いてあるとはいえ、ステージ上だぞ?


叱られた嶽丸は、それでも懲りずに言う。



「…じゃあ、帰ったらな?」


「…っ」


さっきとは打って変わって、男の魅力を纏う嶽丸の唇に触れたのは、あくまでも…メイクのチェックのためなんだから…。


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