週が明けて、嶽丸はすごく忙しくなった。
ニューヨーク支社に行くための引き継ぎと連日の送別会らしく、帰宅も遅くて…いなくなってしまう日がどんどん近づいてるみたいで、私は日に日に涙もろくなっていた。
やがて、約束の週末。
「…予定を空けとけって言ったのに、嶽丸は仕事って…」
昨夜遅く帰ってきたのに、起きた時にはもう家にいない嶽丸。
今朝も早くから出かけたのかな…
夜中に一瞬感じたキスとハグの名残りを思い出して、自分で自分を抱く。
リビングに、いつかのホテルへ来るようにとメモがあった。
嶽丸と初めて肌を重ねたホテルだ…
私の好きな食べ物を集めてくれたっけ。
…オムライスに描かれた
『ミアLOVE』…思い出して笑顔になる。
嶽丸は細かく私の好みを把握した料理で、疲れを癒そうとしてくれた…
優しくて、愛情深くて。
実はでっかいハートの頼れる男。
そんな嶽丸に、私はいつしか…甘えて頼ってばっかりだったなぁ…と思う。
嶽丸が日本を離れたら、私はやっていけるのか…不安はなくなるどころか増すばかり。
でもその日は確実に近づいてると、嫌でもわかる。
「…今日は、とびきりおしゃれしていこう…!」
鼻を赤くしながら、私はクローゼットを開けて今日の服を選び始めた。
…………………
…気合いを入れすぎたかなぁ。
嶽丸に言われたホテル前。
ガラスに映る自分を見て、ドキドキする。
選んだ服は、白いブラウスとひざ丈の黒いフレアスカート。
そしてエナメルのヒール。
嶽丸は意外と、肌を露出しすぎない服を好む。
髪は緩やかにアップにした。
顔周りと襟足のおくれ毛をクルクル指に巻いて遊ぶのが好きな、嶽丸を思って。
それにしても、と、ガラスに映る自分を見て思う。
可愛すぎたかな…それとも色気不足?
ミニのタイトスカートは好きだけど、最近は、自分と一緒に出掛けるとき以外は着ないで欲しいと言われていた。
「あぁ…ちょっと可愛すぎたかも…」
後ろ姿を映して、エナメルヒールのかかとに、小さなリボンがついているのが気になった…
「…取れないかな、これ」
…好きな人に会うときは、100%納得の自分でいたい。
もうすぐ離ればなれになる好きな人なら、なおさら。
「…リボンが可愛いんじゃね?」
顔を伏せていて、気付かなかった。
黒いスーツ姿の嶽丸が目の前に立ってる。
この人は、本当に。
上着のボタンを外してるし、ワイシャツのボタンも上まで止めないからネクタイも緩んでる。髪だってちゃんとセットしないからくせ毛がハネてるのに。
なに?…この圧倒的な存在感。
「むちゃくちゃ可愛いじゃん。おしゃれしたねー?!」
スラックスのポケットに両手を入れたまま、耳元にかがんできて、頬と耳にキスを落とす。
「…このまま部屋に連れていったらヤバいことになりそ」
いまだにこんなことを言われると、頬が熱くなるのがわかる。
「か、可愛い…?今日、私…」
「うん。いつも可愛いけど、今日は特に可愛いよ?」
「じゃ、すぐに脱がさないで…もうちょっとおしゃれした私を見て」
今日は思ったことを素直に言おうときめていた。
好きも愛してるも、どんなに恥ずかしいことも言うんだ。
「…」
…急に黙ってしまった嶽丸。
あれ…ちょっと顔が赤いかも?
「…ヤバ。私を見て…とか、キュンキュンして勃つから、あんまり可愛いこと言わないで」
嶽丸は私の腰を抱いて歩きだす。
「今日は…思ったことを言うから、だから…困ったことになったら、ごめん」
「…はい♡」
いつも以上にとろけるまなざしを交わしあい、私たちは嶽丸がよく行くバーへと向かった。
…………………………
木のぬくもり溢れるお店は、バーといってもそんなに敷居の高い雰囲気はない。
気軽に1人でも入れそうなアットホームな感じが心地いい。
よく会社の人と来るというこのお店。
スタッフとも顔見知りらしく……
「えーっ!!嶽丸さんが…女の人連れてきた!」
あからさまにショックを受ける店員さん。
奥から男性も出てきて驚いている。
「…システム部の皆さん、今日も誰か来ますよ?」
「いいじゃん…自慢したいんだけど?」
嶽丸は、腰を抱く力を強めながら言う。
「い、いつも…嶽丸がお世話になっております…」
奥さんみたいな言い方しちゃって恥ずかしいけど、言いたいから、言った…!
「こちらこそ…!嶽丸さんのおかげで、売上げ爆上がりですよぅ…」
ペコペコするスタッフさん達に、嶽丸は得意そうに言う。
「だから言ったじゃん。俺、奥さんいるって」
…そんなこと言ってたんだ…!
「向こうに行って離れても…2~3ヶ月に1度は帰ってくる」
お酒を飲みながら、嶽丸は、私の不安を払拭するように言う。
「…うん」
「長い休みはもちろん帰るし、テレビ電話もしよう」
「うん…」
「手紙も書くし、メッセージもずっとする」
「うん…絶対、書いてよ」
嶽丸、一生懸命私の不安と寂しさを払拭しようとしてくれてる。
「ここんとこ忙しくて、家にあんまりいられなくてごめんな?」
「…」
ダメだ…涙が出てきた。
泣いちゃダメだと思うと止まらない涙を、嶽丸は指先でぬぐってくれるけど…
「…部屋取ってるから、行くか?」
「うん…」
もう、2人きりになりたかった。