目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

番外編.3

週が明けて、嶽丸はすごく忙しくなった。


ニューヨーク支社に行くための引き継ぎと連日の送別会らしく、帰宅も遅くて…いなくなってしまう日がどんどん近づいてるみたいで、私は日に日に涙もろくなっていた。




やがて、約束の週末。


「…予定を空けとけって言ったのに、嶽丸は仕事って…」


昨夜遅く帰ってきたのに、起きた時にはもう家にいない嶽丸。


今朝も早くから出かけたのかな…

夜中に一瞬感じたキスとハグの名残りを思い出して、自分で自分を抱く。



リビングに、いつかのホテルへ来るようにとメモがあった。


嶽丸と初めて肌を重ねたホテルだ…

私の好きな食べ物を集めてくれたっけ。


…オムライスに描かれた

『ミアLOVE』…思い出して笑顔になる。


嶽丸は細かく私の好みを把握した料理で、疲れを癒そうとしてくれた…


優しくて、愛情深くて。

実はでっかいハートの頼れる男。

そんな嶽丸に、私はいつしか…甘えて頼ってばっかりだったなぁ…と思う。


嶽丸が日本を離れたら、私はやっていけるのか…不安はなくなるどころか増すばかり。


でもその日は確実に近づいてると、嫌でもわかる。


「…今日は、とびきりおしゃれしていこう…!」


鼻を赤くしながら、私はクローゼットを開けて今日の服を選び始めた。


…………………


…気合いを入れすぎたかなぁ。


嶽丸に言われたホテル前。

ガラスに映る自分を見て、ドキドキする。


選んだ服は、白いブラウスとひざ丈の黒いフレアスカート。

そしてエナメルのヒール。


嶽丸は意外と、肌を露出しすぎない服を好む。


髪は緩やかにアップにした。

顔周りと襟足のおくれ毛をクルクル指に巻いて遊ぶのが好きな、嶽丸を思って。


それにしても、と、ガラスに映る自分を見て思う。

可愛すぎたかな…それとも色気不足?


ミニのタイトスカートは好きだけど、最近は、自分と一緒に出掛けるとき以外は着ないで欲しいと言われていた。



「あぁ…ちょっと可愛すぎたかも…」


後ろ姿を映して、エナメルヒールのかかとに、小さなリボンがついているのが気になった…


「…取れないかな、これ」



…好きな人に会うときは、100%納得の自分でいたい。

もうすぐ離ればなれになる好きな人なら、なおさら。



「…リボンが可愛いんじゃね?」



顔を伏せていて、気付かなかった。


黒いスーツ姿の嶽丸が目の前に立ってる。



この人は、本当に。



上着のボタンを外してるし、ワイシャツのボタンも上まで止めないからネクタイも緩んでる。髪だってちゃんとセットしないからくせ毛がハネてるのに。


なに?…この圧倒的な存在感。


「むちゃくちゃ可愛いじゃん。おしゃれしたねー?!」


スラックスのポケットに両手を入れたまま、耳元にかがんできて、頬と耳にキスを落とす。


「…このまま部屋に連れていったらヤバいことになりそ」


いまだにこんなことを言われると、頬が熱くなるのがわかる。



「か、可愛い…?今日、私…」


「うん。いつも可愛いけど、今日は特に可愛いよ?」


「じゃ、すぐに脱がさないで…もうちょっとおしゃれした私を見て」



今日は思ったことを素直に言おうときめていた。

好きも愛してるも、どんなに恥ずかしいことも言うんだ。




「…」


…急に黙ってしまった嶽丸。

あれ…ちょっと顔が赤いかも?


「…ヤバ。私を見て…とか、キュンキュンして勃つから、あんまり可愛いこと言わないで」


嶽丸は私の腰を抱いて歩きだす。


「今日は…思ったことを言うから、だから…困ったことになったら、ごめん」


「…はい♡」



いつも以上にとろけるまなざしを交わしあい、私たちは嶽丸がよく行くバーへと向かった。


…………………………


木のぬくもり溢れるお店は、バーといってもそんなに敷居の高い雰囲気はない。

気軽に1人でも入れそうなアットホームな感じが心地いい。


よく会社の人と来るというこのお店。

スタッフとも顔見知りらしく……


「えーっ!!嶽丸さんが…女の人連れてきた!」


あからさまにショックを受ける店員さん。



奥から男性も出てきて驚いている。


「…システム部の皆さん、今日も誰か来ますよ?」


「いいじゃん…自慢したいんだけど?」


嶽丸は、腰を抱く力を強めながら言う。


「い、いつも…嶽丸がお世話になっております…」


奥さんみたいな言い方しちゃって恥ずかしいけど、言いたいから、言った…!


「こちらこそ…!嶽丸さんのおかげで、売上げ爆上がりですよぅ…」


ペコペコするスタッフさん達に、嶽丸は得意そうに言う。


「だから言ったじゃん。俺、奥さんいるって」


…そんなこと言ってたんだ…!





「向こうに行って離れても…2~3ヶ月に1度は帰ってくる」


お酒を飲みながら、嶽丸は、私の不安を払拭するように言う。


「…うん」


「長い休みはもちろん帰るし、テレビ電話もしよう」


「うん…」


「手紙も書くし、メッセージもずっとする」


「うん…絶対、書いてよ」


嶽丸、一生懸命私の不安と寂しさを払拭しようとしてくれてる。



「ここんとこ忙しくて、家にあんまりいられなくてごめんな?」


「…」



ダメだ…涙が出てきた。





泣いちゃダメだと思うと止まらない涙を、嶽丸は指先でぬぐってくれるけど…




「…部屋取ってるから、行くか?」


「うん…」



もう、2人きりになりたかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?