お店を出たところで、嶽丸の会社のシステム部の人たちらしき集団に出会ってしまった。
「あ…由香さん?」
その中に混ざるのは、散々嶽丸に「タコ」呼ばわりされた中沢由香さん。
「…だから、俺の奥さん!マジのマジ!」
からかわれている嶽丸の背後に、由香さんは私の腕を取って引っ張ってきた。
そして挑戦的な目を向けられる。
「…今でも私、嶽丸先輩のこと好きですからね?」
「…え?」
「…ニューヨーク、私も行っちゃうかもしれませんよ?」
こちらの出方を見るような言い方…
私はぐっと唇を引き締めて、由香さんをまっすぐ見た。
「嶽丸は…」
すごく大胆なことを言おうとした。
ちょっと前の私なら言えなかったようなこと。
「私のことしか見えてないし、私のことしか愛さないから。私と嶽丸の間には、1ミリも隙間がないから絶対に入り込めないよ?」
「ほほぅ~…?」
なぜか笑みを浮かべる由香さん。
「嶽丸に言っておくし!…もし、由香さんが来ても、絶対に会わないでって。そうすれば嶽丸は私の言うこと聞くもん!だって私にメロメロなんだから!」
…ん?
「美亜…大胆発言?やるじゃん~!
…でもその通りだぞっ!」
いつの間にか皆が私と由香さんを囲んでいて、嶽丸が一歩私に近づいて抱き寄せる。
見ると由香さんは全然悔しそうな顔なんてしてなくて、逆に清々しい笑顔。
「サイコーです!美亜さん!さすが、出張を勝手にぶっちぎって、後輩の私を置いてきぼりにして、嶽丸さんが会いに行った人だけのことはあります!」
いつの間にかパチパチ拍手をされて、「おめでとう…!」の声と指笛が鳴らされた。
真っ赤になって両手を頬に当てるけど、嶽丸が構わず抱きしめるから…
もっと赤くなった気がする…!
……………………
賑やかに見送られ、私は嶽丸に連れられてホテルの部屋に入った。
「覚えてる?…この部屋、前に泊まったのと同じ部屋な?」
もちろん覚えてる。
ホテルに到着して、エレベーターに乗ったときから気づいていた。
今ならわかる。
あの日は、私にとっても大切な日だった。
嶽丸と、幼なじみの垣根を越えた夜。
私はあの時からずっと…自分で思うよりずっとずっと…嶽丸に惹かれていたのかもしれない。
…部屋に入った途端、花の香りがした。
薄暗いライトが、少しずつ明るくなって…嶽丸に導かれて行ったベッドの上に、大きなバラの花束が置いてある…
「赤と迷ったんだけど…美亜には白いバラの方が似合うと思ったから」
大きな大きな花束。
…数えなくても、わかる。
本数は多分、108本。
その意味は…
「美亜、俺と…結婚してください」
悔しいほどカッコいい嶽丸が、私の前に立って、手の甲にキスを落とす。
「…はい。こんな私でよかったら…」
差し出された大きな花束を受け取って、嶽丸は私に優しいキスをくれた。
そしてどこから出したのか…左の薬指に、ピンクダイヤが輝く指輪をはめてくれる。
「これ…」
「うん。虫除けね?」
ねぇ…っ!せっかくいい雰囲気なのに…!
「俺のもあるんだわ。美亜のとペア」
つけてくれる?と言われて、その長い薬指に、私のより少し幅広でシンプルなプラチナの指輪をつけた。
「そっちも虫除けだね!」
「もちろん。そのつもり」
俺モテるからさー…
なんて言うから…
泣き笑いの笑顔で見上げれば、私を子供みたいに抱き上げる嶽丸。
「でもさ!虫なんか絶対につかない!…言ってなかったっけ?俺、美亜じゃなきゃダメだって」
ベッドに座った嶽丸のひざにまたがる格好で座り、正面から嶽丸を見つめる。
「…どういうこと?」と聞いてみれば…
私が座る位置を少しずらして、その昂りを感じる場所に当てる。
「美亜にしか、こんな風にならない…」
吐息まじりに言った言葉が…始まりの合図…。
優しいのに長い長いキス。
角度を確かめるように啄むように、繰り返されるキス…
私は、今日のこの日を、絶対に忘れない…