準決勝は想像よりも苦戦していた。
雅坂が引き分けまでは良かった。しかし、水瀬が一本取られて負けてしまった。
獅子堂が取り返さなければ敗退だ。掌が汗で濡れる。獅子堂ならば勝ちの目は十分にあるだろうと思われたがしかし、相手は試合巧者だった。攻撃力で劣ると見るや否や、亀のようにすっぽり防御態勢を取ってやり過ごそうとしていた。
もう時間がないだろう。頼む、獅子堂。もう時間的に二本は無理だ。せめて一本──。
「この、亀みたいに閉じこもりやがってぇッッ!」
相手は三所防ぎという、竹刀の柄まで使って面小手胴を守る構えを取っていた。
たとえ実力で劣っていようが、人格形成の面から自ら打ちに行くことに美しさと潔さを見出している剣道では邪道中の邪道の構えだが、反則ではない。
勝てない代わりに負けはしない。団体戦においてはそれも作戦だ。
面も小手も胴も防がれている以上、上段で打てる箇所はない──のならば、
「んにゃろォッッ!」
打てないのならば、打てるようにすればいい。
鍔迫り合いが切れる瞬間を狙って、獅子堂が三所防ぎの構えを取られる前に上段から竹刀を打ち抜いた。
相手は最後の最後で集中が切れたのか、握りが甘くなっていたらしい。獅子堂の竹刀が跳ね上がる。相手の竹刀は試合場の床で跳ねている。
「おらぁああああああああああああああああああああッッ!」
そして、待ちに待った獅子堂の一撃が炸裂した。
面アリ、と俺たちの色である赤旗が上がる。これで一本勝ちだ。
「なんとか首の皮一枚つながりましたわね。これで一勝一敗一分け、取得本数も両チームともに一本ずつ……勝敗はどうやって付けますの?」
「代表戦だ、雅坂」
──代表戦とは、勝利数及び取得本数が両チームとも同じだった場合に行われるサドンデスマッチだ。互いに一人ずつチームの代表選手を出し、一本勝負で決着をつける。時間は五分。決着がつくまで何度も延長戦を繰り返す。
「獅子堂ッ!」
「わぁってらぁ! 今の大将戦、かなりストレス溜まったんだ! アタシがぶっ飛ばす!」
よし、まだ体力気力共に十分みたいだ。このまま任せよう。
「ん……待てよ?」
その時、俺の頭に一つの作戦が思い浮かんだ。
「これ、使えるか?」
俺がぼやいた瞬間、代表戦は始まった。両校共に大将が代表に選ばれた。
意識を試合に向けるが、俺の心はハッキリ言って安堵に包まれていた。
相手はもう防御しても意味がない。攻めなければ勝てない。
たとえ攻撃力で劣っていたとしても。
あの大将戦を守り切れなかった時点で──、
「……俺たちの勝ちだ」
試合開始から三十秒ほどで。
獅子堂の小手打ちが相手に炸裂し、俺たちは決勝へコマを進めた。
×××
「ふん、存外しぶといな」
獅子堂の代表戦を労っていると、背後から冷徹な声を掛けられた。
「あ、出やがったな!」と獅子堂が親の仇を見つけたかのような剣幕を浮かべた。
振り向くと、声の主はやはりというべきか。
「どーも新理事長サマじゃないですか。約束忘れてないですよね」
「……貴様こそな」
脇からたぱたぱと駆けてくる狐島教頭と獅子堂母。
「私は優勝以外認めんぞ」
「分かってますよ。学校にトロフィー持って帰りますから、飾る場所の用意を頼みます」
俺と新理事長サマの間でまた火花が飛び散る。
その時、誰かが俺の視界に入っていた。獅子堂の母だ。
どうやら獅子堂の母も話を聞いているらしく、新理事長を睨むようにしていた。
「ウチの娘がお世話になっております」
俺に言ったことと似た言葉だったが、込められている感情は天地ほど違う。頭も下げてない。まっすぐに、揺れることなく睨みつけていた。良い度胸してやがる。獅子堂の怖いもの知らずなところは、母譲りなのかもしれない。
「……どうも」
しかし、理事長はそれだけ言って立ち去りやがった。一瞥すらしやがらねぇ。なんて失礼な男だ。獅子堂が歯を軋ませて一歩踏み出したが、水瀬が手を握って止めた。
「……腹立っとるんはウチらも同じや。やけど、ぶつける場所がちゃうで愛奈ちゃん」
「じゃあどこにぶつけろってんだよ」
「決勝や。ウチらはもう、ここまで来たんや」
獅子堂の目がハッと見開かれる。
「愛奈」
最後まで理事長サマを睨むようにしていた獅子堂母だったが、姿が消えたのを確認するとすぐに表情を切り替えて愛娘の元へ歩み寄った。
「お、お母さん」
「頑張ってね。お母さん、応援してるから」
「……うん」
やはり恥ずかしいのか、どうしてもそっぽを向いて唇を尖らせている。
しかし、後ろ手で竹刀を弄っているのは見え見えだし、突っぱねるようなこともしない。
おまえこういうところ素直だよな──と心の中でほっこりしていたら、
「獅子堂さんとお母様の絡みてぇてぇ過ぎますわ。豊臣ならぬ尊み政権樹立待ったナシ」
「おまえのその発言でいろいろ台無しだよ」
真顔で鼻血出してんじゃねぇ雅坂。確かにてぇてぇと言わざるを得ない場面だが。
俺は頭を掻きながら一歩前に出る。
「お母さん、すみません。決勝のオーダーを決めなければならないので、これで……」
「あ、ごめんなさい。愛奈、そしてみなさんも頑張ってくださいね」
獅子堂母の言葉に合わせ、狐島教頭も手を振っていた。
これから決勝だが、不安はない。どれだけ柊が強かろうと──俺たちは必ず勝つ。